謳えない鹿3 | ナノ





トントン。

肩を叩かれる。
何だろう。と、肩越しに振り向けば頬にのめり込む不思議な感触。むにゅっとしたその不思議なそれに薄桜色の壁奥で、何かが細められる。しかしそれに気付かない何かは同時ににかっと笑い、歳相応の無邪気な笑顔を見せた。

(「こんちわっす先輩」)

ひそひそとおさえめに言葉を発したのは、一年生の忍装束を着込むそれだった。小さな台に登りその天辺で上手くバランスとる一年生は、ちょいちょいっと指を上に動かす。

(「すみません先輩。先輩の2つ上にある棚に、これ入れて貰えませんか?」)

取り出したのはやけに痛んだ一冊の本。所々色が落ちているものの本としてはまだ使えるようだ。背表紙に綴られる文字からでは、どういった内容の本かは理解出来ない。

にこりと口元に描いた笑み。

良いですよ。

そう言っては、差し出されたそれを受け取り目の前の棚から、二段上の棚へと 腕を伸ばす。
どこに入れるのだろうとさ迷う本は、台に乗り後ろからかけられた言葉に従い難なくおさめられた。

「(ありがとうございやっす!先輩)」


にっかり笑う少年にどう致しましてと返す薄桜色。
すると、少しばかり間をあけてた目の前の少年は、その大きな瞳を見開いてはほらな!と小声で振り向いた。

「(やっぱり怖い先輩じゃないぞ!団蔵の言った通りだろ?)」

スカーフを巻く少年が笑えば、遠慮がちに棚の影から小さななにかが顔を覗かせる。
羽織っている忍装束は一年生のもの。一瞬骸骨に似た顔付きに亮はギョッとするものの、曇り気のないキラキラした瞳に浮かび上がった思考が打ち消されていく。

「(えっと…、先輩、ありがとう、ございます)」

小さな頭が本棚越しに礼をする。
にこりと浮かべた口元の笑み。これくらい、構いませんよ。
そう告げれば、台から降りた一年生がニヒッ!と笑い出した。

なら、これも朝飯前っすよね?

控えめに発せられた筈なのに、言葉の中に感じる弾み有る感情。
ん?
違和感を感じながらも、どれですか?とつい答えてしまった亮は後悔したのだった。


* * *


初めは調べものついでにだった。
気になった些細なそれを調べに、図書室へとやってきた亮は集中している内にやるべき事を忘れていた。
一年生から肩を叩かれ我に帰る。ああ、ちょうどよいと抱いた考えは少年達と共に居ることで薄れていった。


「(これと、これをあそこに)」

小さな指が指された場所は本棚の上から二番目。いくら台を使ってもあれは届かない。四年生でも届くか否かの位置に、一年生が届く訳がない。
幸い亮の身長は高い。年齢にそぐわない身長だと、いつぞやの誰か呟いていた。しかし、なってしまったのは仕方ない。
五年生の中でちょっと目立つこの背丈だが、まさかこんな所で役にたつとは思わなかった。

指示を出された場所に次々と本を戻していく。これらの本は返却された本だと聞く。棚へと戻していく本。しかし数はまだまだあるのだ。
これら全てを一年生だけでやるのだろうか?さすがに無理が有るのでは無いかと、2人に聞いてみたが…。

「(大丈夫です!俺らには先輩がいますから)」

フフンと、スカーフを巻く一年生、摂津のきり丸と名乗った彼は胸をはった。何故か彼が自慢気なのか?理解出来ない。


『(しかし、まだ沢山残っていますが、皆さんでやりきれるのですか?)』

本を戻し終えた亮は2人の一年生へと問いかける。図書室には誰もいない。にも関わらず、何故か一年生はひそひそと声を抑える為亮も釣られてボリュームを下げる。

「(俺らん所の先輩は優秀っすから)」

「(目にも止まらない速さで仕事を片付けちゃうんですよ!)」

鼻息を荒くし身を乗り出してきたきり丸とろ組の二ノ坪怪士丸に亮はたじろいだ。


「(五年生の雷蔵先輩って知ってますよね?雷蔵先輩は迷い癖が酷いけど、一度決めた作業はすっげー早いんすよ!)」

「(図書委員長の…中在家先輩。先輩も凄いテキパキしていて…敗れた本も、きれいに直すんです)」

「(シリーズ物の棚をサッとみただけで、何巻の本が抜けているのか分かる雷蔵先輩凄いと思わないっすか?)」

「(中在家先輩、手先が器用だから痛んだ本の修正がきれいで…あと、字が綺麗で図書カード何百枚書いても、全然崩れないんですよ)」

相変わらずのひそひそ声。それでも2人の雰囲気は弾んでいて、亮は口元に笑みを浮かべる。
きり丸と怪士丸の顔が輝く。
思い浮かべるのは、きっと不破雷蔵と中在家長次に違いない。

中在家先輩って物静かでちょっと怖いけど、本当は凄く優しいんですよ?
雷蔵先輩も迷い癖が痛いけど、たまに僕らにお菓子くれるんっす!しかもそのお菓子が美味くって…!

ヒートアップしてきた。いくら人が居ないと言えど、流石に図書室で騒ぐ訳にもいかない。
亮ははしゃぎはじめた2人の唇へと、人差し指を当てる。柔らかく止められた。

しー

顔の半分を隠した亮が呟く。ゆっくりと指が離れる。其処できり丸と怪士丸は、自分達が騒ぎ出す直前だった事に気づき手で己の口を塞ぐ。
その仕草に亮はクスクスと小さく笑った。


『(僕はそろそろ失礼しますね)』

「(もう行くんすか?)」

『(はい、提出しなければならないものが有りまして)』


申し訳有りません。
ふわりと笑った亮。釣られて怪士丸がふにゃりと笑ったものの、まばたきした次の瞬間には亮の姿はどこにもなかった。

あれ?きり丸、あの先輩は?亮先輩ならそそくさと天井に


連なる本棚の天井。静かに見上げれば、僅かだが板が少しずれているのを発見する。
あーあ、中在家先輩達が来るまで俺達で頑張るか。亮先輩もうちょっとだけ居てくれれば助かったのになー!

腕を組ながら、もうちょっと引き止めておけば良かったときり丸は呟く。
うん…そうだね。怪士丸は短く答えたっきり、それ以上の言葉は返って来ない。
怪士丸は亮が入っていったとされる天井を見たまま動かない。



「…………いと?」

「え?なんだって?」

「!何でもないよ…!」

「んん?そうか?……よくわからないけど、さっきと仕事終わらせようぜ!」


「……うん」



前を歩くきり丸に続く。
再びチラリと後ろを振り向けば、何かが其処に立っていた。
ヒッ!と肩を揺らし小さな悲鳴を上げた怪士丸だが、気が付けばそれは居なくなっている。


あ、れ?


きのせい………


一瞬だけど、其処に何かが居たような気がした。人の形をしていて……丁度、あの五年生が立っていた同じ場所に…………。











130216

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