謳えない鹿3 | ナノ



またもや衝撃。
背中へと当てられたら何か。
誰へと向けられたらものなのか?三年の制服を着込む彼であったらしい。
予想していなかった数馬はウブフ!と奇妙な声を上げて亮の視界から消えていった。


…………?


口元に笑みを浮かべていた亮はそのまま静かに首を傾げた。

…………ん?

今度は逆の方へと首を傾げた瞬間に、自身の視界真下から2つの何かが伸びてはいきなり両頬を掴まれた。
突然過ぎるそれ。
掴まれた何かに亮は逆らう事が出来ない。
ぐわんと真下へと引っ張られては、うちし出される世界の色合いが180度切り替わる。
プリントを落とさない様に、器用に膝をついた亮。

厚い髪の毛の隙間から覗く新たな世界。
揺らいだ前髪の向こう側にいた人物と目が合ったような気がする。しかし気のせいだろう。
ギリギリと首が悲鳴をあげているが、相手にはそれが伝わらない。

相手はただ目を細めてはジッと亮を睨みつけるだけだ。

しかし、やはり体勢がきつい。さっさと終わらせるが吉である。


『こんにちは。左近さん』

「………こんにちは亮先輩」

川西左近。
保健委員会の一人であり、以前亮の頬についた傷の治療でお世話になった二年生である。
彼は自身が掴んでいる亮の頬を角から角まで睨みつけては、ある程度気が済んだのかその手をパッとはなして見せた。

「新しい傷跡が有りませんね。安心しました」

ムフン!と腕組みをした彼はよしよし、と首を小さく振る様子。
満足げである。

以前治療してもらった浅い傷。また新たな傷を作ってないかと気になって居たらしい。どうしてそこまで本気になるのか分からない。保健委員会メンバーとしてのプライドでもあるのだろうか…?

クスクスと笑う亮。
なんですか?と言わんばかりに左近は顔を歪ませた。


『ご心配頂きありがとうございます』

「……!。ほ、保健委員として当たり前な事をしているだけです!」


プイッと顔を逸らした左近の耳が赤い。腕組みを解かないまま、ぼそりと聞こえたどう致しまして。と言う台詞に、亮はまたもやクスクスと笑う。


『所で川西さん』

「はい!なんですか?」

『そろそろ退かれた方が良いのでは?』


退く?
何のことだと疑問符が浮かび上がった所で、それは足元から上がる。
さ〜こ〜ん〜!と恨みこもる声が上がり、何だ?と見下ろせば、見たことのある三年生が自身の下敷きになって居るでは無いか。

「三反田先輩何してるんすか?」

「それはこっちの台詞だ!」


突撃してきた左近の下敷きになった数馬 が早くどいてくれ!と叫ぶ。
一応これでも相手は先輩。すみませんと小さく謝りながら、左近は数馬を刺激しないようそろりそろりと退いていく。

が、

それでは終わらなかったらしい。


「あ!先輩達だー!」


バタバタと騒がしく廊下を駆ける影2つ。見慣れた先輩の姿を見つけたそれは、よそ見することなく一直線に飛んできた。

先輩ー!

と、嬉しい感情が混じるその声に、下敷きの数馬といまだに退こうとしない左近の口元が綻ぶ。
一年生が来たね。そう呟いた数馬に、そうですねと返した左近が手を降った。
崩れる様子のない厚い壁の隙間から覗かれた瞳には、一年生の制服を着込む二人が映し出される。


「あ!亮先輩もいるー!」


亮の存在に気付いた一年生の一人が、嬉しそうな声を上げる。
それに答えるように立ち上がった亮が手を振れば、近寄ってくるその速度が早くなっているように感じる。


「亮先輩ー!こんにち…」


うわっ!

後ろを走っていた一年生が突如として躓く。体勢を上手く整える事の出来なかった少年は、目の前を走る一年生の背中へとダイブしていった。
勿論背中を押された少年もバランスを崩し悲鳴を上げる。
其処でもう一つ上がった新たな悲鳴。

左近だ。


まるで自身を襲う様に倒れ込んできた一年生2人に、あたふたするしか無い。
直ぐに立ち上がり、いきなりの事で転ぶ一年生達をかばう事が出来ない。

うわ!お前ら!まっ………

数を数える暇もなく転がる一年生達が先輩へストライク。
どでーん!と音と多少の土煙を上げた忍たまの塊が完成した。


『あれまぁ………』


一歩ほど下がっては避難していた亮が一声上げた。
口元を制服の袖で隠し、コテンと首を傾げた先には折り重なる一年生2人と下敷きになる二年生と三年生の姿があった。


「ふぇっ!先輩ごめんなさい!」


涙を浮かべながら塊の頂点を陣取る一年生。
自身が躓いた事により起きてしまった惨事だと分かっている様子だ。一気に真っ青へとなった少年は、今にも零れそうな涙を必死に堪えているのがわかる。
ふるふる震える身体と揺れる声帯から発せられた声は、怯えを感じさせる。

怒られる。

そう思っているのだろう。自身の下敷きになっている同級生と先輩方へと必死に謝って居るのが見て取れる。
しかし、それよりも優先すべきものがあったらしい。


「乱太郎、伏木蔵。怪我は無いかい?」


全ての下敷きとなっている三年生、数馬がちょっと苦しそうに問う。その上に重なる左近も心配そうに後ろへと振り返れば、ずれたメガネを直す少年とハラハラする顔色の悪い少年の姿を捉えた。


「はい!私はなんとか…」

「僕も……大丈夫です……」


その言葉に安堵したのか。数馬が良かったとため息をはいた。
怪我が無いのは何より。些細な転倒でも、場合と状況によっては捻挫や骨折となりかねないを彼は知っている。
一年生と言う様々な事を沢山学ばなければならない時期。授業に影響を及ぼし兼ねない。

「怪我が無いのなら安心だ」

「全く、直ぐに気を抜くから転ぶんだよ」

お前ら今度から気をつけろよ!


怪我が無いと安心したと同時に、一年生らしい気の緩みに左近はハラハラするしかない。先輩らしく一喝してやれば、自身達を心配してくれる先輩が嬉しいのかハーイ!と明るい返事が返ってくる。


「今度から気をつけなよ伏木蔵」

「うん!乱太郎ごめんね」


ぶつかった背中痛くない?と背中をさすってきた同級生に、乱太郎はくすぐったいと声を上げた。同時にお返しだと言わんばかりに伏木蔵にくすぐり返せば、キャッキャッと花を咲かせた一年生が戯れ始める。

実に微笑ましい光景だと口元を緩ませるが、出来れば早くどいて欲しいものだ。
しかし、邪魔をしたくないのかやれやれと苦笑いを浮かべる左近に、先輩らしい一面もあるのだと数馬は綻ぶ。


ハッ!と数馬は気づく。


「亮君、怪我はない?」


彼が巻き込まれていないのは重さ的に何となくわかっていた。が、もしかしたら一年生達が躓いた拍子にどこかぶつかっているかも知れない。
視線を横へと移動。

先ほどまで居たであろうその位置。
避難していたであろ亮の姿が、其処には無かった。

あれ?さっきまで亮君其処にいたよね?
巻き込まれずに居た事に安心はしているが、まさか本人が居なくなるとは予想していない。

視界の隅から隅まで開けた庭を見渡せど、やはりその景色の中には季節外れな薄桜色は見当たらない。自身が這う廊下を眺めど亮が持っている荷物一つすら落ちていないのだ。


まるで、始めっから此処に居なかったかのように………。







「…………亮君?」











呟いた数馬の台詞。
それに対して返事が返ってくる事は無かった。
















20120908

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