謳えない鹿3 | ナノ



流れる雲の隙間からこぼれ落ちる明かりは冷たく、温もりを一切感じられない。
しかし、これが良いと言う人も居る。

そんな人それぞれ思う月の光を浴び、六年生と五年生が廊下を進む。
流石上級生だ。一歩また一歩と踏みしめるその足元からは音一つ零れはしない。


会計委員会の活動を終え各自解散となった後、亮はおばちゃんから借りた食器を返しに食堂へと行った後だった。
おばちゃんからは水に浸けて置けばいいからと受けていた為、用意されて居た桶の中に食器を浸した帰りの途中。そして今から自室へと戻る途中に何故、潮江文次郎が居るのか不思議でならない。

先に戻ったとばかり思っていた為、彼が居た事に驚くしか無いのだ。
何か要件でも有るのか?
厚い前髪が僅かにずれ亮の瞳が一瞬だけ姿を表す。同時に彼の背中を捉えるも変わった様子は無い。
一体なんの用か?
スルリと細められた瞳は、次へと踏み出された一歩の揺れにより揺らいだ前髪で再び覆い隠される。


「摩利支天は……」

『はい?』

「家族は今、居るのか?」


家族は、今、居るか?

それは身内の話。

突如として切り出されたその話に、亮は表情を崩す事なく潮江文次郎の背中を捉えたまま歩き続ける。
背中に背負う三味線の銅をコトリと鳴らせば、短く、いいえ。と答えた。


「………病死か?」

『違います』

「………戦か?」

『違います』

「……なら、」


一旦言葉が詰まった。
同時に僅かに緩みだしたその歩みに気付いた亮は、間を埋める事なく一定の距離を空け手を自身の後ろで静かに組んだ。
何に対して詰まって居るのか?
理解出来ない亮とは裏腹に、何故か質問してきた文次郎本人は歯切れが悪そうに頭を掻く仕草を見せた。






「…………殺されたのか」

『はい』

「!」



文次郎の問い掛けた質問に、亮は詰まる事なく素っ気なく答えた。
それに驚いた彼は、自分がそう言った質問をした癖にどこか苦味を噛み締める様な顔付きで亮へと振り返る。
表情から申し訳ないと言うものと、どこか困惑し戸惑う色が見え隠れしていた。
何故そんな表情をするのか?

雲が静かに流れ、月に掛かる雲のせいで辺りが暗くなりはじめた。



「………殺されて…悲しくないのか?」

『悲しいですよ』

「そうは見えない」

文次郎の台詞に亮は首を静かに傾げた。
勿論そんな仕草をした文次郎も首を傾げる。何故、家族が殺され、悲しいと言っているのにも関わらず首を傾げるのか?自身の質問はおかしかっただろうか?
そう考え出す。文次郎だが、亮から返ってきた言葉に彼は声が詰まった。


『過去に起きてしまった事と、今此処で会話する事に繋がりはあるのですか?』

「…………は?」


『過去に起きた出来事を、今此処で後悔し涙を流した所で過去で何か変わりますか?』

「……………」


月の光を遮って雲が退いたらしく、途切れていた光が再び暗闇に包まれていた地上へと足を運ぶ。
亮は変わらず文次郎の向かいに居て、背中で手を組む姿勢は変わらず佇む。
ただ、其処に居るだけなのに、彼が異様で異形なものにしか見えないのは気のせいだろうか?


『起きた事を今更言っても意味は無いでしょう?』

「………確かにそうだが」

『もし、過去の出来事が無かった事に出来るのならば、とっくにそうしていますしかし、此方ではそれが出来ない。つまり、出来ないもの、出来なくなったものに対して、感情を露わにする必要と意味が無いのでは?』

「…………」

亮が何を言いたいのか文次郎は分かった。
しかし、分かった所で、やはり彼には理解しがたいし、理解したくも無いものだったらしい。
過去に起きた出来事をやり直す事や、無かった事にする事は出来ない。
普通ならば、己の感情に溺れいつまでも引き摺るのが人だ。しかし、その感情を乗り越えて強く成るのが人間だ。最愛の家族や友ならば尚更だと言うのに、亮は当たり前の様に素っ気なく答えた。それはまるで、何も思って居ない。に近い何かだと彼は抱いた。



「………家族でもか?」

『その家族にすがりつき、自身の泣き叫ぶ醜い姿を晒す寄りかはましでしょう?』

「……己のプライドの為か?」

『……動くプライドと動かないプライド。どちらに利用価値が有りますか?』

「!」



彼は目を見開いた。

その言葉はまるで死に無関心だと言うようなものだ。
死に何も思って居ないのか?
何かが文次郎の背中を這う感覚がし、気持ち悪いと同時に寒気が彼を襲う。
しかし、そんな文次郎に気が付かない亮は、ニコリとその場に不釣り合いな笑みを浮かべた。


『でも、ちゃんと生きてますよ?』

「……………は?」


何をいきなり言い出すのか?
文次郎は亮の言葉に、頭がついて行けない。



『ちゃんと、僕の中で生きています』



肌寒く感じるのは気のせいか?
ぞくぞくと鳥肌が立ち、何かが自身の背中を這う感覚が抜けない。寒くて気持ち悪くて歯が震えそうな寒さが、彼を包み込む。
目に見えない何かが居るようで、でも頭はそれを全否定してくるのだから混乱する。
矛盾する亮の言葉。
こいつは結局、何が言いたいのか?
全くわからない。



気になった。

ふと脳裏に浮かび上がった素朴な疑問。
彼は錯覚により冷たくなって行く体を小さく動かし、目の前に居る亮へと問い掛けた。







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現41-総55
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