謳えない鹿3 | ナノ



『初めまして』

「はっ初めまして!」

『五年は組、摩利支天亮次ノ介と言います』

「僕は一年い組、任暁左吉です」


ワタワタと小さく慌てふためく左吉。きっと緊張しているのだろう。
亮は口元に笑みを浮かべては、大皿に乗るいくつ物のお握りへと視線を移した。
大皿には未だにお握りが残って居り、一つ一つ個数を数えれば今の所一種ずつ具が揃っているみたい。


『何か食べたい具でも有りますか?』

「えっと……」



本来、こう言った食べ物の仕分けは後輩の仕事だろう。それを上級生のしかも初対面の人物にさせるのは、正直申し訳ない。
しかし、ちらりと見上げた先に居る薄桜色は、左吉の気持ちを既に読んでいるらしく『構いませんよ』と言う亮の言葉に緊張して居た体が緩んでいった。

それじゃ昆布を……。

ポツリとこぼれ落ちた言葉。亮は聞き逃す事なく、備え付けの箸で小皿に乗せ左吉へと渡すのだった。


『はい、任暁さん』

「あ、ありがとうございます!」

受け取った小皿に乗るお握り、ジッと眺めていれば僅かな湯気を感じ取り指先に小さな温もりを感じ取る。
炊いたお米を少しだけ蒸し直したのだろう。おばちゃんが握ってくれたそのお握りに隠れた気遣いに、左吉の口元は綻びそうになった。


「亮先輩、僕のお茶は!?」


大皿を挟みながら身を乗り出す神崎左門。
彼は早く早くと目を輝かせる。それに気付いたのは会計委員長の潮江文次郎。
少し落ち着け……。と言いかけた台詞は伸ばされた影により打ち消される。
亮が入れたお茶が左門へと渡される。
チラリと左門を見やれば満面の笑みで湯のみを受け取り、有り難うございます!と明るい声をあげた瞬間だった。そして、湯のみを渡したばかりの亮。
自身の入れたお茶を受け取った左門の笑顔に、どこか嬉しそうに笑みを零す。そんな亮をジッと眺めて居た文次郎は少しだけ温かいお握りを掴む。
亮の隣に座っていた団蔵がようやくお握りの具を決めたらしく、少年の小皿へとお握りを移す。小さな漬け物も備え薄桜色から受け取る団蔵。
有り難うございます!と左門にも負けない位のお礼を述べ、早速お握りを掴んでは勢い良く食べ出す様子は下級生らしい。

すると、座って居た亮が彼、潮江文次郎へと顔を向けてきた事に少し驚く。
風呂場で初めて会った時にも思ったが、顔の半分を隠す薄桜色の前髪。目を捉える事が出来ない為何を見ているのか?視線がどこへ向けられて居るか?それがはっきりしない。故にいきなり自身へと向けてきた顔に、驚くしかない。
感じるのは視線。
厚い前髪が隔てて居るのにも関わらず、僅かに感じる理由は彼が忍を目指しこの学園内で最高学年だからだろう。
普通の一般人では亮の視線には気付きはしない筈だから。


『いきなり押し掛けてしまいすみません』


小さく頭を下げる亮に、彼は仕方ないさ。と持っていたお握りを置く。



「せっかく食堂のおばちゃんが作ってくれたお握りだ。食べない訳には行かない」


それに、そろそろ休憩を取ろうと考えて居た頃合いだったからな。

今度は自身の近くに置いて居た湯のみを手に取る。

お前は悪くないだろ。

そう零した文次郎は湯のみに口を付けようとした所で、ピクリとその手を止めた。

自身が持っている湯のみ。
その中には冷たいお茶が入って居る。色合いからしても可笑しな点は無い。何気なく茶柱も立っている所を見ると、こんな時間帯ながらも良いことが有るかも知れない。なんて、小さな迷信に胸を踊らせる。
違う。そんな事を言いたいのではない。

いつ、湯のみが自身の近くに置かれて居たのか?だ。

お茶を入れて居るのは誰でも無い亮、たった一人。チラリと隣に座る三木ヱ門の膝元へ視線を降ろせば、やはり自身同様に湯のみがポツリと置かれて居る。


「……………」

先ほど亮が入れたやつだろう。
勿論、文次郎はそれを見ていたし2人のやりとりに違和感は無かった。

もしかしたら、三木ヱ門湯のみを渡した時既に自身には渡されて居たのか?
だが、自身は湯のみを受け取った記憶は無い。気付かない内に湯のみを置いたのだろうか……。
再び亮を視界の中へ捉える。
すると亮は広げられた小皿等を小さく纏め、邪魔にならない位置へと固めている。
無意識ながらも飲もうとしていたお茶を、静かに置く。


「摩利支天、この後どうするつもりだ?」

文次郎が紡いだ言葉。
それが昼間や夕刻時ならば問題は無いだろうが、今は夜。普通ならばこの問いに対して「部屋に戻って寝る」と答えるだろう。明日も普通通りに授業が有る。実技や座学が難しくなっていく上級生達にすれば寝不足は単位を落としかねないものだ。
会計委員会でも無い限りは………。



『特に何も』

「休まないのか?」

『目が覚めて居るので』


驚いた。
亮の言葉に下級生達は目を見開く。
自身達は眠くて仕方が無いと言うのに。
流石五年生!夜も深いと言うのにも関わらず、眠いと言う仕草どこか普段と変わらない様。
キラキラと輝きが含まれる視線が亮へと注がれる。
それに気付く文次郎だが、触れずに亮の姿を瞳に写すままだ。




目が覚めて居る。か…。

ならば、丁度良い。













「ならば、少し話しをしないか」















三木ヱ門の瞳が線を描いた。
















110625

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