謳えない鹿3 | ナノ



「こんばんは!亮先輩!」


襖を開けて一番に飛び込んできたのは、一年の団蔵だった。
机に向かいながらも亮へと手を振る姿にクスリと笑みが零れる。その隣には見たことの無い一年、そして三年の神崎が座る。
その向かいには四年の田村が背筋を伸ばし座って居る。亮の突然の訪問に驚いて居るのか、目を丸くしおずおずと頭を下げる仕草を捉える。そしてその隣には一人の六年生。
静かに此方へと振り向く彼。
見たことのある人物。と言うより彼には色んな意味でお世話になった。と言うべきだろう。亮は座ったままの状態で一礼すると、彼、文次郎の眉がピクリと動くが誤魔化す様に持っていた筆を静かに降ろした。


「こんな時間迄何故起きて居る?」

鍛錬の帰りか?
と、向けられた視線。その中に含まれる意図に亮は知らぬふりをし、にこりと口元に笑みを浮かべた。


『いえ、違います』


食事を取りに食堂へ向かっただけです。
勿論その答えに文次郎はピクリと眉を動かす。こんな時間帯に食事を取るだなんて可笑しい。怪訝な顔付きながらも、今は亮が此処に来た理由の方が優先的だ。
彼はそうか。とだけ答え亮へと振り向いた。

それに合わせる様に薄桜色は廊下に置いていた大皿。お握りが冷めない様にと掛けられた白い布を取り上げ、大皿に乗せていた湯のみと急須等を取り出した。
テキパキと文次郎の目の前で物を広げて居ると、待ちきれない。と言わんばかりに忍たま達が集まり出す。冷たい水を急須へと注ぎ、くるりくるりと数回回しては湯のみへ注ぐ。
夏が近いこの時期にわざわざ熱いお茶を飲まずに済みそうだと、三木ヱ門は思いながら亮が持ってきた大皿に乗っていたお手拭きを1人一枚ずつ手渡してゆく。
この時間帯はどうしても小腹が空いて仕方が無い。夜明けまで行う委員会活動にある休息は、厠へ行ったりする程度。
今回の様な小腹を満たす為の休息等数える位しか行われていない。

何せ、委員会の状況を見、次に何をするのかを判断し決めるのは委員長である潮江文次郎次第なのだ。「お腹が空きました。休息を取りましょう」なんて、言える存在等このメンバーの中には1人も居やしない。

故に亮の訪問は三木ヱ門からすれば大変有り難い事この上無かった。
自身は兎も角、これで下級生達の集中力は途切れず委員会活動に専念出来るだろう。



『どうぞ。田村さん』



声を掛けられハッと顔を上げた先には、変わらずの顔半分が見えない亮。
彼は本当にあれで見えて居るのだろうか?と、疑問に思いつつ、有難うございます。と差し出された冷たい湯のみを受け取る。


「亮先輩、このお握りの中身なんですか」

いつの間に亮の隣に移動していたのだろうか?団蔵が自身が持つ小皿に乗るお握りを眺める。
その間、亮は次の湯のみへとお茶を注いで居た。


『其方は鮭です』

「これは?」

『おかか、と言っていました』


亮の返答、鮭かおかか。このどちらにするか迷う団蔵の前へ湯のみを静かに置く。
すると、自身に向けられる視線に気付いたのだろう。亮はクスリと笑みを浮かべながら、首を傾げた。





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