謳えない鹿3 | ナノ



空も地も、前も後ろも、右も左も全てが恐ろしく同系色をして居た。
新月の夜ならばその色を深くそして濃く描いて行く。

黒が揺らぐ。
同時に騒ぎ出した木々の葉が、ガサガサと自由に悲鳴を上げる。ガサリガサリ、カサカサ、様々な悲鳴として上がるもののそれが人の耳へと届く訳が無く、ただの擦れ合う葉っぱ。としか聞こえないだろう。

音を絶ち同じ歩幅で廊下を歩く薄桜とて、同様だった。
食堂に背を向け一歩一歩その場所から確実に離れていく生徒が一人。
見間違えで無ければ亮本人だ。
亮が歩く廊下は長屋へと続く物であり、やっと寝るのだろうかと思われた。が、その手に持つ大皿が今から布団に入るかもしれない亮には不釣り合いな品物でしか無い。しかも、それを包む白い布から漂う僅かな塩の香り付きとならば、尚更可笑しい。

一体どう言う事か?

そんな疑問が浮かび上がった所で、ピタリと亮の足が止まる。
垂直に佇む亮だが、直ぐにその場へとしゃがみこんではひんやりと冷たい廊下の上で正座をした。大皿を自身の脇へと置いた後、両指先に力を込めては正座していた体をくるりと回す。

すると、正面向いた亮の鼻先には閉じられた2つの襖が存在を主張していたのに気が付く。同時に閉じられた襖越しに淡い光が満たされているのが分かる。大きな光では無いらしく、光が揺れる度に襖に映る影が不安定に揺らめく。
今にも消えそうな色を含んで居た。

襖に向かい、正座した亮はその両手を自身の太股の上へ置く。

厚い前髪越しからチラリと覗かれた向こう側は襖に貼られた紙を支える木であり、其処には当然影は映っては居ない。

しかし、ふわりと口元に浮かべた笑みと同時に、揺れた前髪は元の位置へと戻され亮の視界ひ再び遮った。



『失礼致します。五年は組、摩利支天 亮次ノ介です。会計委員長の潮江委員長はいらっしゃいますか?』


紡がれた言葉は薄い襖を抜け、室内に居る人物の耳へと届いた。

襖越しにわぁ!と騒ぎ出す陽気な声にすぐさま渇が入る。次の瞬間には静けさが生まれ、まるで自身の失態を誤魔化すかの様に咳払いする様を勝手に耳が拾った。


「こんな夜遅く、何の用だ?」


襖は未だに閉じられて居り、向こう側から開かれる様子は無い。だからと言って亮側から勝手に開ける事は無い。


『食堂のおばちゃんからの差し入れです』

お握りと漬け物、それからお茶を頂いて居ります。僕はそれを届けに参りました。

再び上がる明るい声。
勿論それが制されるのは分かりきった事であり、それが実行されたのは言う迄も無かった。


「分かった。入って構わないぞ」


承諾。
亮は失礼します。と小さく一礼をし、両手で襖を開けた。








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