謳えない鹿3 | ナノ















「ねぇ、亮君」

『なんでしょうか?』

「向こうの学園が恋しい?」



既に二個目のお握りを結び終えようとしていたおばちゃんは静かに座る亮へと問いた。
端正込めて握るお握りは形が整って行き、いつも彼女が作り出す普段通りのお握りが手の中から生まれる。
近くに置いていた小皿には始めに出来上がっていたお握り一つ、そして結び終えたそのお握りを乗せた姿を見ては沢庵が欲しいわね?なんて呟いた。





『恋しくないです』












恋しいくない。上級生らしいが元三年生らしくない返答。

2つの意見が脳裏をよぎり、おばちゃんは手元のお握りから視線を上げた。
だが、其処に座って居た亮の姿が見当たらない。

声はしたのにそれを発した本人が居ない。人一人すら居ないがらんとした食堂内は、いつも彼女が其処を閉めようとする景色と変わりなかった。
薄暗く蝋燭数本で照らされた食堂内は気味が悪い。今まさにお化けが出ても可笑しくない暗闇が、すぐ隣り合わせの様な……。そんな感じだ。亮君は何処に?

背筋伸ばし綺麗に座って居た姿は何処にも存在しない。おばちゃんは驚き慌ててカウンターから身を乗り出せば、瞳が捉えた薄桜に直ぐに安堵した。

だが、先ほどの様に座っては居ない。

確かに亮は長椅子には腰掛けて居た。
だが、伸ばされた背は無く、緩やかに丸まって机に伏せる姿は行儀が良いとは言えない。
顔はカウンターの反対側に伏せられ、方頬のみ机に付いて居るのだろう。その証拠に頭部にて結ばれる髪の毛の束がおばちゃんへと向けられる。
おばちゃんが居る方向へと逆に顔を伏せる亮の姿に、またもや驚く。

先ほど迄のぴっしりとした姿は何処へやら。
始めてみる緩む亮の姿が其処に有った。
驚くおばちゃんだが、お握りを乗せた小皿を手に取り静かに調理場から出て行く。
ギシギシと鳴る床を踏みしめ伏せる亮の向かい席へ、長椅子の間に自身の足を通しては向かう位置にてやっと腰かけてみた。再びしなる椅子に、もう古いわね。と考えては持っていた小皿をゆっくりと下ろした。



「どうして?」


組んだ手の甲に顎を乗せ、向かいの薄桜へ聞く。
自身の目の前におばちゃんが座って居る事に、亮は気付いて居るだろうが顔を上げる事はしない。
相手に対して失礼の無い様な口振りや態度を取っていた亮からすれば、今の姿は有り得ないと抱く。



『恋しいと思った所で彼方に絶対に帰れる訳も無いんです』


伏せたまま紡がれるのは変わらない口調。
言葉の中には感情が籠もって居らず、昨日の朝食時にありがとうございます。と定食を受け取った時と変わりなかった。




『向こうに戻っても、卒業した先輩とまた授業を受けられる訳が無いんです』


学園長から軽くでは有るが聞いていた。上級生は二人と亮の3人しか居らず、入学希望者は今は誰一人として居ない。とーー。


『学園に行ったとしても校舎はボロボロです』


演習、野外授業と言った基本的に外で動き回る授業を中心にしていた学園は、酷く廃れもはや廃虚と言っても良いらしい。


『後輩は元より居ないんです』


入学試験は厳しく、無事合格した所で野外授業中に戦に巻き込まれ死ぬ。中には進級試験で死ぬ生徒も居るらしい。


『先輩も居ないんです』


卒業試験を終えた二人の先輩は、それぞれ姿をくらませたとか


『先生も居ないんです』

先生も亮を忍術学園に送り届けて依頼、音信不通。


『あまつさえ学園長すら居ないんです』





>>

prev/next/一覧

現32-総55
[ back to top ]
一覧/浮上/top
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -