謳えない鹿3 | ナノ



「亮君、夕食食べに来たんでしょ」


目を細めニッコリ笑う食堂のおばちゃん。
その台詞に亮はう、と息を詰まらせながらも小さくコクンと頷けばやっぱり!とまた笑う。

そう、亮は夕食を食べに来たのだ。

しかもこんな夜更けに。

自身から食堂へと向かわない亮が何故此処へ来たか?八左ヱ門が夕食を食べている中、下級生達が飛び級してきた亮の事を聞いてきた。どんな先輩?と言う内容だったが、その本人が食堂内にて姿が見えない所を見るや否や「ちゃんとご飯を食べない不健康な先輩」と言っていたのだ。そして同時に、「また来てないなアイツ!夕飯食うように叱りに行かないとな!」等と意気込んでいた。


結論。
夕食を食べに来ていないのが八左ヱ門にばれ、叱られ今更な時間帯だがご飯を食べに来た。

それが今、食堂へやって来た。
おばちゃんはそう思った。

一体いつ頃亮を見つけた八左ヱ門が夕飯を食うように言ったかは分からないが、こんな遅くに薄桜が訪れたのだから叱った本人は野外からの訓練の帰宅後或いは就寝前か何かに違い無い。

あの八左ヱ門の勢いだ。いいえ、と言う台詞は言えなかっただろう。
はいとしか答えざる終えなくなった。亮はとりあえず食堂へと向かう。しかし、今のおばちゃんは片付けを終え食堂を閉めようとして居た。
その様子を見た亮が、夕食食べに来ました。なんて言える筈が無い。


再び頬を掻いた亮だったが、小さく頭を下げる。おばちゃんに手間を取らせてしまいますので、明日の朝食迄我慢します。と薄桜は述べる。
亮の台詞に驚くおばちゃん。

しかし、生徒を我が子供の様に思うおばちゃんはわかったわ。なんては言いやしない。むしろ今まで言った事等一度も無かった。


畳んでいた割烹着を手に取り、座ってなさい。の一言に亮は頭を上げる。


「お握りしか作れないけど、食べて行きなさい」


お腹に何か入れないと、体に悪いからね?
小さな桶に水を貼り、調味料が入れられる棚から塩の入る袋を取り出す。そして釜の中に残っていた覚めたご飯を杓文字で掬い出した所で、亮が近くの席に腰掛けた。

貼られた水を手に貼り、米が手に付かない様にする。近くに置いていた布に多かった分の水分を抜き、袋の中身へと指先のみ触れる。
触れた指先には白い結晶が煌めき、いつもの料だとおばちゃんは塩を満遍なく掌全体へと伸ばす。
杓文字が掬う一個分のご飯を左手へ。
手の中で軽く円を作り、其処から指全体を三角の形を作ってから力を込めすぎない様に押さえる。手前に回しながら形を整える。

具は無いが腹の足しにはなる。

上級生となれば忍者食を基準にした週間があるとおばちゃんは聞く。
卒業後に起きる様々なシチュエーションに対し、臨機応変に対処対応出来る様にと組み込まれた週間。遠征や野外授業で学園を空ける時にとるのがこの忍者食。
美味さは求めず、味そして見た目の不味さを気にしてはいけない。
主に虫で作られた忍者食は、どの学年からも不評だ。しかし、我慢は言ってられないのが忍者。勿論それは最上級生の六年生も同様で、皆が揃って忍者食を好む訳では無い。

その忍者食に比べれば、具の無い塩お握りは贅沢だろう。

忍者食研究家の彼が作る様々な忍者食。グロい姿で出来上がる料理の数々、それを見てきたおばちゃんだからこそこの学園に居る限り上手いご飯を食べさせて上げたい。
そんな思いが有った。

チラリと腰かける亮を見る。

三年生の保健委員を連想させる珍しい色を含んだ頭髪。
ふさふさと揺れる様はきっと四年の髪結いが手を出したくなるに違いない。遮られた前髪は厚く、どんな素顔をして居るかちょっとだけ気になるおばちゃん。
背筋をぴんと伸ばし、微動だにしない姿。元、三年生とは思えない。
ある程度の灯りを消した食堂は暗く、揺れる蝋燭の光が薄桜の髪を色濃くさせた。





>>

prev/next/一覧

現31-総55
[ back to top ]
一覧/浮上/top
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -