謳えない鹿3 | ナノ








「食堂のおばちゃん」


此処最近になってようやく聞き慣れてきた声。声変わりはまだらしく、低くも無ければ高くも無い声が自身の背へと掛けられた。
丁度重い壷を起き終えたおばちゃんはカウンターから顔を覗かせると、思っていた通りの人物が其処に居る。
こんな夜遅くにどうしたのだろうか?
夕食の時間はとっくに過ぎて居り、今のおばちゃんは後片付けを終え後は細かい調理道具を仕舞えば完了。と言う所だ。
時刻は亥の下刻。高らかに登る太陽が支配する昼間とは異なり、淡い光を放つ月と星屑が支配する世界へと変わっていた。しかし、今宵は新月なのか、いつも見上げた先にある筈のか弱い煌めきはどこを見渡してもその姿を捉える事が出来ない。
黒に食われた。
そうとも言えるこの空は深く見えないのだ。
しかし、此方側の人間ならばこう言うだろう。
忍者のゴールデンタイム、と……。


「どうしたの亮君。こんな時間帯に……」

学年は五年生。
その中へと組み込まれている亮、こんな時間に起きているとなれば野外への秘密の訓練。学年が上がるに連れ闇夜へと飛び混み誰も見ない中で己の腕を磨く存在は増えて行く。
しかし彼らが自身を鍛えるべく選ぶ場所は、先ほど述べた様に野外、つまり学園の外を示す。一年生や二年生は内部の彼方此方で人目に付かぬ様にとトレーニングに励むが、やはり其処は忍術学園。誰かしら影から見守る者はいる。

つまりだ。

上級生に含まれる亮が、夜部遅くに起きている事に関してはトレーニングとしよう。だが、野外へ出ずに逆に学園内に居る事におばちゃんは驚いて居る。
やはり、邪魔した時間がいけなかったのだろうか。苦笑する亮は頬を掻きながら言葉を詰まらせた。
その様子に、そういえば。と今日の夕食時を思い出す。
久々の委員会活動を終え、食堂へとやって来た生徒達におばちゃんは微笑まずには居られなかった。普段は同じクラスの友達同士で来る忍たま達だが、今日は珍しく委員会のメンバーで来る姿が多かった。

やはり、テスト明けの委員会は大変だったのだろう。制服に付く汚れは目立ち、払いきれなかった土が目に付く。
だが活動によりヘトヘトになっている筈が、忍たま達皆揃って笑顔で居た。
くたびれた様子ややれやれと肩をすくめる上級生達だが、楽しかったと交わす下級生達の台詞に連れられクスリと微笑む。そんな彼らは先輩の奢りで夕食を取るのが大半を占めており、本当に委員会を楽しんで来たのだと伺える。勿論それは忍たまだけではなくくの玉も同様。

いつもの様に賑わう食堂は委員会の話しで持ちきりになり、更に場の空気を上がらせ花を咲かせる。

其処まで思い出しおばちゃんは気付いた。
亮の姿がどこにも見当たら無い事実に。込み合って居た食堂内の席は忍たま、くの玉、そして先生方を中心にぐるぐると入れ替わる。食堂当番の忍たまと共におばちゃんは忙しなく定食を盛りつけ、生徒一人一人直接渡していた。

委員会で腹ペコだろう学園の生徒を思い、がっつりと食べれる定食2つ。自身の好きな物を選んだり、逆に悩んだりする彼等におばちゃんは確かに夕食を手渡しした。

そう、食堂を訪れた存在皆に。



あら、やっぱり!



亮は居なかった。
一人一人思い浮かべた生徒、教師陣の中には薄桜の髪を結う生徒は居ない。
亮は夕食時に食堂へ来なかった。いつもなら友達の勘右衛門君と八左ヱ門君と一緒に来ていた筈なのに。

頬に手を当てどうしたのかしら?なんて思うおばちゃんだったが、彼の2人が委員会の後輩達に定食を渡していたのを思い出す。

あらあら、お目付役さんが委員会活躍中だったわね。

と……。

朝は八左ヱ門が腕を引き朝食を、昼食は希に亮のクラスメートや他の忍たまが同席、夕食も同様。されど他の忍たまと来る回数を比較しても明らかに食堂訪問数は少ない。
1日に食堂へ訪れる数を3とすれば、亮は1、2。と言う事。

そして、亮が今日迄に此処へ来た回数を数える。

朝食。一回。
否、今おばちゃんの目の前に居ることを含めば二回か。

また亮君ったら食事を抜いて!



おばちゃんは片付けていた道具をそして釜をチラリと見やる。
確か、残って居たわよね?
おばちゃんはカウンターの向こうにいる亮へと微笑みかければ、何だろうと長さが異なる後ろ髪が左右に揺れた。
同時に思い出されるのは、生物委員会代理委員長の一言。




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