謳えない鹿3 | ナノ




久しぶりに行った委員会はやはりと言うべきか、ドタバタした形で幕を閉じた。その為、普段より遅く終わってしまった保健委員会は、各自で解散となった。私はドタバタによって散らかった保健室内の掃除で遅くに部屋を出た。気付けば廊下から見える空は赤く、青みを含んだ色はどこにも存在しない。
赤を基調とする空は沈む太陽によって白い塀を越え、私の居る廊下迄その光を届けにやって来る。

だが、だからこそのこの景色は酷く恐怖心を沸き立たせるものでしか無い。
夕方でまだ明るい筈なのに、私が目指すべきこの先は酷く暗い。
目に見えない何かがドロドロとした居る。目を凝らせば懲らせる度に、分からない何かが人の長い指先、縦に切り裂かれた唇、剥き出しになった眼等と見えてはいけない物の様に見えてしまう。
差し込む夕日すら食らうその様は、まるで新月の日の夜の如く真っ暗闇。

止めよう。

この先を通るのも、こんな事を考えるのも。
他の道を通って食堂へ向かおう。
遠回りになるけど、変な思い迄してこの先を通る必要は無い。いや、別に怖い訳じゃない。其処は勘違いしないで欲しい。

さて、ではどの廊下を使って食堂に向かうか……。私は静かに足を止めた。




筈だ。




「!」


一歩一歩、確実に歩む自身の足に息を飲んだ。

左右の足は私の意志に反した行動を取る。

歩み続ける足は止まらずそのまま廊下を進むものの、急ぎもせず逆にゆっくりと歩く気配は無い。変わらず自身が歩きやすい速度で歩くものの、己の意志が無いように感じた。


何だ?

何だ!?


止まらない!



顔をすぐさま向けた先には、述べたばかりのあの真っ暗闇。
どうなっている?
ドッドッド!と耳なりの様に耳へと纏わりつく怪奇音は、一滴また一滴と汗を吹き出させる要因となる。
確実に近付くに連れて、向こう側に渦巻く何かがはっきりとしてくる。

まず先に見えたのは人の手。
しかし、人の手とは指が五本有るのが普通。だが、ギリギリな迄に私へと伸びる手の指は少ない。
4本や3本、中には親指しか残されず本来ならば爪が生えているだろう指先は綺麗に削ぎ落とされている。

私は保健委員長で、この6年間に様々な傷口を見て来た。
それらは言葉では言い尽くせない迄酷く、どれもが致命傷で命を落とすのが9割り近い位に……。

そして何よりそれらの手全てが、関節が折れたかの様な音を奏でながら手首を折りまた上げる仕草を行う。
つまり手招きだ。手招きしない手は捕まえようとするかの如く、懸命に伸ばしてくる。

まずい。

まずい。

まずい!


このままでは!





再び息を飲んだ。

ゴクリと飲んだ唾が食道を通っていく感覚が分かる。
握り締める指が動かない。目の前の可笑しな景色から眼が離せない。背中を伝う汗の感触。そして廊下を踏みしめる廊下の冷たさ。
キラリと光った。
一瞬だけ針かと思った其れだが、真っ直ぐ真っ直ぐと垂直にピンと伸びるのは糸だ。
糸?
僅かだが鈍い色を放つ糸だが、それにしては何となく厚いと考える。















「先輩!」


パフン!と抜けた音を発した先は、私の後ろ膝辺りから。
途端に緩やかになった私の体は背後からの衝撃に絶えきれず、前のめりに大きく転倒したのだった。





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