謳えない鹿3 | ナノ



彼が華とすれば対した彼女は無知な子供、彼女が裏の言葉となれば彼は表の水。
彼が恵みとすれば彼女は米を食らう可愛らしい雀。
彼は右を指差し彼女は左を指差す。彼は上を指差し、彼女は下を指差した。
彼はノイズにはなりませんでした。
彼女はせせらぎにはなりませんでした。
彼は盾を持ちました。
彼女は死骸を持ちました。
目の前には一枚の白い和紙、されど、彼は筆を持ちませんでした。
目の前には一枚の黒い和紙、そして、彼女は筆を置きました。

そんなある日、彼と彼女にある事が置きました。いつもの事でした。毎回の事でした。
だから彼と彼女は動じずせず、昨日と変わらない仕草で雰囲気でそれを手に取りました。


彼は細い紐と小さな刃を

彼女は二本の刃を

そして彼は己の目を抉りました。

そして彼女は一つの刃を己の胸へ一刺ししました。

そして彼は首を吊りました。

そして彼女はもう一つの刃を胸へ刺しました。


海が広がりました。

蒼く澄み切った海と異なる、異臭の海が広がりました。


さてさて問題です。
これらを知っている一頭の鹿は一体何でしょうか?





65頁,<把握編.了>

* **




誰かが私の隣を横切った。そんな感じ。
だけど、人の気配所か影、あまつさえ存在そのものが無い。
気配を完璧に絶つ事が出来るのは最上級生である私達六年に、五年の優秀な一部の生徒。
四年生以下の学年には其処までうまく出来やしない。何せまだまだ忍術の腕が低いままだから。
ならば、先生?
ゆっくりと周りを見渡す。想像していた黒い忍装束の姿は見当たらない。
うん、先生なら、一声位はかけるだろうからやっぱりその可能性は無くなる。
もう一回ぐるりと360度回転。それでもやはり人一人も居ないこの場は、一瞬にして見えない何かに怯える世界へと塗り変わった。

脳裏によぎったのは移動教室の際、廊下ですれ違った一年ろ組の子達が交わす、背筋が凍てつく階段話。
まだ夏も来ていないのに、よく飽きずにあんな話が交わせるものだと、私は後輩達怖いもの知らずな心に拍手を送りたくなる。
嫌違う。
私が言いたいのはだ。
何故かこのタイミングで思い出してしまった途端に、何故か心臓がバクバクと五月蝿く鳴り響き止む気配が無いと言う事。

幽霊やお化け、と言った見えなければ触れる事すら出来ない存在は、恐怖心によって自身の身を危険に晒される事にも繋がる。
増してや何れ忍者と言う闇に生きる存在を目指すのならば、この先どれだけ命を奪い憎み怨まれて行くか…。
きっとこの指では数え切れない。
奪う度に見えない存在に怯えては、こなせる仕事もこなせずに終わる。
だから、自身が今此処でそんなものに恐怖を抱いている場合では無いのだ……。


ふと、私は景色が流れていく様に気が付いた。両脇へと流れていく景色は慣れ親しんだ、学園の旧校舎。知っているしこの場所は入学当時から何度も通っており、知り尽くしていた。だが、今私が歩んでいる此処は、今まで一度も見たことの無い色を含んでいた。




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