外部短編 | ナノ






「大変申し訳有りません。もうしばらくお待ち下さいませ」


今にも泣きそうなコスチュームショップのサロメにソラがしぶしぶ頷いてから約三時間。
女性アークスソラはショッピングエリアの更に奥のフロア、グリーンスペースにてクライアントオーダー一覧を眺めていた。買い物客で賑わうショッピングエリアとは逆に、薄暗いそのスペースに人の気配は感じられない。休憩場所として設けられたらグリーンスペースではあるが、ショッピングカウンターから少しばかり歩かなければならない場所に有るため此処までくるのが面倒くさいと思うアークスは少なくはない。
通路の途中に設置されたソファーに大型モニターのお陰で、人足は更に遠のき無駄なスペースでしかなかった。

その一角。端末を眺めているソラが欠伸を零す。クライアントオーダーの一覧からメールボックスへと表情を切り替える。新着の問い合わせをするもメールは無し。つまらなそうにソラはため息を零した。


「こんにちは、ソラさん」

ニコリ。と言う効果音が聞こえた気がした。反射的に動いた右手は腰から下げる鋼拳ブレイクルを掴み取る。が、先日アークスシップ内でランチャーをぶっ放し、先輩のアークスに叱られた事を思い出しすぐさま緊急停止。
脳内で悪態をついた。


「良い判断ですソラさん。懸命ですね」

『……………』


自身に声をかけてきた男は未だに立ったままであり、まるで見下されているかのように感じソラの指先が怒りで震える。

隣、失礼します。

なんで隣に座るのか。
ソラの腹の中で赤黒い何かぐるりと渦を巻く。勿論彼女の隣に腰掛けた男、カスラは気づく訳も無くソラへと向き直り営業スマイルのような張り付いた笑みを浮かべる。


「昨日から見かけないと思ったら、まさかこんな場所にいるとは思いもしませんでした」

『………………』

「この様な人目の届かない場所に女性一人は危ないですよ」

『………煩い』

「せめて、自室に居ればいいもののーー」

『…………』


それ以上の事をソラは話さなかった。それ以上の事に関して口を開こうともしなかった。
ただただ、イラついたかの様に眉間にシワを寄せ、カスラの正反対方向に首を向けるだげ。視線が行き着いた先はモニターで、新しいアークス専用の衣装をPRするCMが流れていた。

カスラの近くからすぐさま離れ、さっさとこのフロアから出て行きたいソラ。だが、そうする事が出来ない事情があった。
よりによってこんな時に限って、なぜこの男は現れる?
小さく舌打ちをし、カスラを完全無視の体勢へと入る。が、彼には通用しなかった。


「昨日の任務は随分と無茶されたようですね。あれほど戦闘の立ち回りには気をつける様にと言った筈です」

『……………』

「そのせいで、アークススーツが壊れ依頼されてた任務にいけなくなったのですから」


ソラがカスラへと振り向く。
その顔色は悪く、カスラを写し出す瞳は酷く困惑している。


『お前気持ち悪い』

「心外です。ソラさん、いくら私でも傷つきますよ」

『盗聴器でも仕掛けてるのか』

「はい、貴女が着けているそのブリッツガーダーに」


オプションでつけられた変わらない笑顔。カスラの台詞にソラは両耳のブリッツガーダーを抑えソファーから慌てて立ち上がる。


『ストーカーって言葉を知ってるか』

「冗談ですよ」


さぁ、座って下さい。

ポンポンと先ほどまで座っていたソラの場所を叩くカスラ。その姿に激しい嘔吐感を抱いたソラの顔が歪む。
勿論座る訳がない。只でさえ彼に激しい嫌悪を抱いて居るのだ。これ以上同じ空間にいて同じ空気を吸っていると思うだけで失神してしまう。


『……………』

もう耐えきれない。
こんな場所に居続けても、今すぐにスーツが直る訳ない。もういい。直ったら直ぐにメールが来ると言っていた。人目を気にしてこんな格好で出歩く場所なんて、ショッピングエリアのカウンターまで我慢すればーー、


「ソラさん、どうぞ」


立ち上がったカスラがソラへと差し出した包み。カスラが持つ白い箱。
ソラは射抜く様な鋭い視線で、白い箱を睨む。彼女は受け取ろとはしない。未だにブリッツガーダーを抑えながら、目の前のニューマンから視線を外さない。


「貴女がアークスとしての仕事が出来ずに困って居ると聞いて持ってきたのですよ」

『信用出来ない』

「同じアークスが困っているのです。見過ごせませんよ」

『何を狙う』

「何も。
私はただ純粋にーー」


一拍置く。
息を吐き再び吸い込んだカスラは、サイバーグラスの向こう側で優しく微笑んだ。


仲間の身を心配しているに過ぎない。

こぼれ落ちた彼の言葉。二人しか居ない空間の中、カスラの台詞はやけに透き通って聞こえた。
それはソラの耳にもはっきりと届いており、彼女は抑えていた両手を離しカスラへと向き直る。
無駄に広い空間の中、モニターから発せられる音楽が騒がしく聞こえた。
カスラの言葉がソラに届いたのか、彼女はピクリとも動かない。
押しすぎてしまったか?しかし、こうでもしないと彼女はこの品を受け取ってはくれないだろう。


「ソラさん」


開いた彼女の手に包みを持たせようと、黄色みかかった手を取ろうとした。
だが、ソラ本人の手によって弾かれる。

パシン!と肌が叩かれる音と共に、白い箱も跳ばされた。

ガゴン!

重量に従う白い箱。床の上で一度跳ねた箱は一回転し、ひっくり返したまま動かなくなる。


「お気に召さなかったですか?露出が少ないスーツを選んだのですが」


カスラはそのまま続ける。白い箱へと視線は向けられない。ただただ目の前のソラを瞳に映すだけで、驚き、悲しみと言った表情を見せやしない。

『…………』

冷め切った視線がカスラを射抜く。サイバーグラスを着用していないのか、その痛みがカスラを直接襲う。だが、彼は動じない。

先に動いたのはソラ。
何もなかったかのようにカスラの隣を横切り、グリーンスペースの出口へと向かう。足元に転がる白い箱には目もくれない。
カスラには全く触れず、ネイバークォーツスーツを着る彼女はそのままフロアを出て行った。

一人残されたカスラが動く。
転がる白い箱へと真っ直ぐ向かう。

しゃがみこみ、箱を持ち上げようとした。だが、箱が逆さになっていたらしく、中身が顔を覗かせる。

ソラが困っていると聞いた。
それは本当に些細な事で、本人にしか分からない悩み。

肌を見せる事を嫌うソラは、着用するスーツは控えめのデザインを着る。しかし、先日の任務でスーツの制御パネルに激しい攻撃を受けてしまい、スーツ着用が困難となり途中で任務リタイアせざるおえなくなった。
アークスの身を守る為のシールド、フォトンシールドは着用するスーツ全てに備わっている機能だ。ダーカーとの戦闘が増す任務の中、操作パネルに攻撃を受けた所で直ぐに修復作業が入る。だが、修復不可能なダメージ及び、激しいフォトン消費の攻撃にスーツの制御パネルはオーバヒートを起こした。
スーツの耐久性が一気に下がり、任務先で雨が降り出した事もあり体温は一気に低下。任務続行不可能となり、ソラは強制的にクエストリタイアせざるおえなくなったのが先日。

では、他のデザインのスーツで行けばよいものの、彼女はサウザンドリム以外のスーツを持っていなかった。
急遽他のスーツを調達しようにも売り切れと言う最悪なタイミングに遭遇し、残ったネイバークォーツしか無かった。
アークスとしての仕事をこなすのならば問題はない。だが、ソラは露出を嫌う。
ネイバークォーツスーツで人通りには出たくなかった。出来るだけ人目の届かない場所で待機していた。

ソラが困っていると聞いた。
カスラがその情報をどこから手に入れたかは分からない。
露出度の低いアークススーツ。

紺色のアークススーツが白い箱から顔を出す。知り合いの情報キャストに相談すれば、彼女は弟子が使わなかったと言うセレニアコートを譲ってくれた。
サウザンドリムより露出が少ない。フォース向けのスーツだが、無いよりかはまし。

何か言われるとは思っていた。
勿論覚悟もしており、今更傷つくほど気持ちは弱くないつもりだ。
任務遂行を優先する彼女である。
嫌々ながらも受け取ると思っていたが、彼女は自身の気持ちを優先とした。

カスラからの贈り物を拒んだ。

つまりはそう言う事。


「……………」

セレニアコートと白い箱を持ち上げる。崩れたアークススーツを綺麗に畳み、箱の中へと戻し手元の端末を操作する。
周囲にいるアークス一覧の名前が表示される。だが、その中にソラの名前は見あたらなかった。





最優先するもの







140110


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