一万ヒット記念小説 | ナノ



慌てず騒がすお淑やかに。決して乱れた様子を悟られずに、向こうの動きを見計らい此方から先手を打つ。
先を見越し、慌てず騒がす、冷静に周りを把握する事。
その為の準備として、女性らしくお淑やかに物事を観察する力量を兼ね備えてなんたらかんたらのうんぬんぬんであり〜の


ってぇぇ!ああ!やってらんない!
授業で受けた内容を思い出しながら宿題を行っていた私自身だが、どうも……こう……ねぇ?
ジッとしていられる質ではない為に、机に向かい早数分で私の脳内はパーンと現実拒否。
その症状を表すように持っていた筆が机の上に無造作に転がり、可愛らしい回転音が私の耳へと届く。

良いな。お前は。私の様に悩む必要もなく、ただ私達に使われるだけなのだから。

飽きたように机の上に顎を乗せ、ぬーん。と渇きだした喉で声を上げれば向かいに座る彼が、本の頭からキラキラとした瞳を覗かせるのが分かった。

矢羽根で飛んできたその台詞に、口があるんだから口で喋って下さーい。と返してやれば眉間にちょっと皺が寄り、つい面白いと口元が緩む。


「あらあら駄目ですよ?中在家さんちの長次君。まるで一年生コンビの事件に巻き込まれた黒こげ仙ちゃんみたいな顔しちゃって」

ほらほら、眉間。

そう言ってやれば、彼は自身の眉間に手を当て、小さく解す姿は相変わらずだな。と思った。

幼なじみである彼は一方的に話す私のマイペースを理解しているらしく、上手く相槌を打ったり華麗な言葉のキャッチボールをしてくれる。

自覚は勿論して居るが、私からの暴球を彼は軽やかにキャッチし、穏やかに返してくれる。
そんなノリを昔から行っていれば、彼の同室者である暴君様の扱いもお手のものとなる。

その暴君様はと言うと、今この部屋には居ない。
彼も私同様に落ち着いて居られない質らしく、日々いけいけドンドンパワーで学園内の備品を壊しまくると言う充実した日々を送っている様だ。

流石暴君様、キングオブ暴君様、お前の暴走を止める事は出来ないだろう。
さよなら、暴君様、そんな君はとりあえず私の思い出と言う名の引き出しに鍵を付けてしまっておこう。

因みにその引き出しの中には飴玉を包装していた包み等が捨てられる引き出しだと言う、事は私だけが知っている事実である。

そんな下らない考えが長次に見透かされていたのか、名前。と名を呼ばれ転がっていた筆を渡された。


はいはいわかってますよ。
私は筆を受け取り、くるりと回してから書き途中の紙へと視線を向ける。
しかし、外で遊ぶ下級生達の声が脳内を刺激しうずうずと体を動かしたくなる。

ああ、私も外で遊びたかった。

こんな宿題なんてしないで、バレーボールをしたかった。

勿論ターゲットは黒こげ仙ちゃんであり、ボールをぶつけた後は彼の同室者である自称15歳のせいにでもして置こう。

一行書いて、手を置きまた一行書いて今度は部屋の中にある本へと手を伸ばす。
本来宿題とは自身の部屋でやるものなのだが、何故か私は長次の部屋で行っている。
山本シナ先生曰く、あなたはくのいちの中で一際落ち着きがない。らしい。勿論これも自覚症状ありである。

そんな私にシナ先生は大量の宿題を出してきたのだ。
宿題の内容はくのいちがくのいちらしくある為の姿や、お作法と言った内容ばかり。
それがまだ一枚二枚辺りならまだしも、何故か先生は30枚の束を押し付けてきた。
最後にお目付役も居るから安心しなあさい。と笑う先生はSの塊にしか見えなかった。

しかし、そのお目付役がまさか長次だと思わなかった私は、安堵のため息を零したのは数分前の話しだ。

彼は私に甘い事を誰よりも知っている。こうやってちょこちょこサボるものの、彼からのお咎めの台詞は無い。

ふっふっふ。甘かったですねシナ先生。
何故、長次をチョイスしたのかは分からないものの、私はこの宿題を投げ出し、遊びにゆく術を既に取得している。

チラリと彼へと視線を向ければ、相変わらず本へと没頭する姿は格好いいまま。
こんな風に彼と一緒にいる時間を得たのがなんだか久しぶりの様に感じるのは、名字の気のせいではないだろう。お互い最上級生となった今実習と言った物を繰り返す日々、昔はいっぱい話をして遊んだのにな。

思い出を振り返って居れば、進んでいた筈の手はまた止まっている。
言わずもがな、向かいの彼は私の名を呼ぶも、残念ながらその言葉は私の耳には届かない。むしろ弾き返している。

うん、やっぱりこんな場所で2人揃って内職紛いな事をしているバヤイではない。


『中在家さんちの長次君』


頭の上に浮かぶ疑問符につい笑みがこぼれてしまう。本に当てられていたその手を取り立ち上がれば、彼は体制を崩しながらも一緒に立ち上がる。

「名前…宿題を……」

『宿題よりも、外で遊ぼう』


昔みたいに2人でバレーボールでも……と言いながら、閉められていた襖へと手を伸ばした。
後ろで本が落ちる音が鼓膜を揺るがす中、新たな音が生まれた。
それは、畳の上を擦る音である。
だが、それと同時に感じたのは背中の温もりで、襖を開けようとしていた指先が宙で止まった。

お腹を少し圧迫するのは二本の腕。
咄嗟に脳裏に浮かんだ『お腹の肉がぁぁ!』と悲鳴紛いな台詞は、何故かこの時この場にと出て来なかった。

いつの間にか成長していた彼の腕が、同じく成長していた筈の私のお腹に巻きつく。

ななな!何を乙女チックな事を君は?!

こみ上げる熱を悟られない様にと後ろを振り返れば、私の肩に顎を乗せた長次と瞳が有った。相変わらずその目は男にしてはキラキラ輝いて、女である私から見ても羨ましく思える。
昔はあんなに小さかった癖に、気が付いたら私の背丈を越えていた。

だぁぁ!畜生長次!この腕をさっさと退かしなさい!じゃないと私の心臓が、バクバク心不全で……


「……名前」『はい!』

「宿題、……まだ、途中」

『う…うん』

「全部、終わらせて居ない」

『だけどさ……』


ふっと耳元で笑みがこぼれたみたいに、空気が揺らいだ。
再び、長次へと視線を合わせればみんなが知らない。彼の控えめな笑顔が瞳いっぱいに埋め尽くされる。











「私はお前と2人だけで、此処に居たい」







昔みたいに。
















勿論、誰よりも長次に弱い事を、彼自身が知っている。



山本シナ先生、あなたはこれを見越して彼にお目付役をお願いしたのだろう。

しかし、残念ながら、意外と乙女思考だったらしい自身の中から、胸のバクバク心不全がなかなか抜けず、宿題に手が着かなかった事に関しては予想外に違いないだろう。


















握ってます!貴方の弱点!

昔みたいに手を繋いだ。
離れない様にと常に手を繋ぎ、共に歩んできた彼の隣
私は昔みたいに彼と手を繋ぎ
開いた片手で筆を走らせた。















100807
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