謳えない鹿2 | ナノ



 

時間帯的にはすでに夜遅く、月すらも姿を沈ませたこの世界に降り注ぐ光なんて無いに等しい。
唯一その暗闇を晴らす為に灯される光は人工的に作り出した蝋燭であり、自然的な物など一切無かった。

塗りつぶされた色は暗闇と言う名前で、これを新たに塗り替える為の太陽が昇る時間迄にはまだまだかかる。
さて、そんな暗闇が辺り一面を色づかせていた時だった。ひょっこりと覗かせた先の更に深い暗闇の中に溶け込んで居たのは暗闇より深い何か。
よく目を凝らさないと見えない暗闇の中に小さく揺らいだ事により、その中に春を連想させる暖かな色を持つ人が居るのだとやっと気付いたのはその深い闇に目が慣れてから数分の事だった。

彼はやっと見つけた。

と、安堵の息を零して歩み寄れば、暗闇がまるで恐れを成したかの様に後ろへ後ろへと後退していく。
そして後退した暗闇の中に座っていたのは1人の五年生で、歩み寄ってきた彼の存在を視界に捉えれば柔らかなと笑みを浮かべたのだった。


『今晩、不破さん』

「今晩、亮君」


亮の瞳に写り込んできた五年、不破雷蔵は白い寝間着に腕を通し、普段は高く結っているその髪の毛を下ろしていた。
対照的に亮は五年生の制服を着たままであり、今から寝ると言った物を感じられない。
その証拠に膝上に開いていた一冊の本がパタンと閉められた所を見ると、まだ目が覚めているのだと理解出来た。

隣、良いかな?
そう伺って来た雷蔵に亮は変わらない笑みを浮かべたまま、どうぞ。と返してやれば彼は再び小さく断ってから、亮の隣へと腰掛けた。


其処は用具小屋に向かう途中の廊下であり、用具委員会で無ければその関係者及び先生も来る事はない場所だ。
そして付け足すならば、今はテスト期間であり委員会活動が休みとなっているこの時期では、誰も来ません。と言っているも同然だった。

ふと、緩やかに吹き出した風が座り込む2人を撫でた。
以前までは冷たさを僅かに含んでいたのだが、今こうやって感じる風はどこか暖かくてそろそろ夏がやって来る時季かも知れないと、雷蔵は胸に抱いた。

ちらりと隣に座る亮へと視線を向ければ、閉じた本を膝上に乗せ自身が座る反対側に三味線を置いているのが見える。
そして亮が持っていたその本が以前探していた本であると気付けば、彼が所属する図書委員長の言葉が脳裏を過ぎったのだった。


「借りれたの?」


そう問い掛ければ、何を指しているのか直ぐに分かったのか亮ははい。と小さく返した。


『立花先輩が貸して下さったんです』

と言っても、これを借りられた本人にはちゃんと断りを入れてないので、心苦しいです。

口元に当てられた手は普段通りの彼の笑みを閉ざしてしまうが、隠しきれなかった端が僅かに見えた。
それはちょっとだけ歪んでいて、あ、苦笑してる。と分かった。


「確か、潮江先輩だっけ?」


六年い組。学園一忍者している潮江先輩は忍術だけではなく兵法と言った知略的な物にも詳しいが、それらを学ぶ為に図書室から借りた本の返却日を過ぎてしまうのが悩みの種だった。
以前僕は、亮君が借りたがっていた本がいつ戻って来るかと、図書カードを見ている中図書委員長である中在家先輩が小さく「返却されない。…かも知れない」なんて言った時には驚いたけど……。

ああ、図書カードにかかれる名前を目で追った時には、なるほど。と、どこか納得してしまった。

って事は、立花先輩が勝手に貸し出しをさせた。と言う事なのだろう。
一応、第三者へと無断貸し出しは禁止なのだが、相手が潮江先輩ならば。と、仕方ないとしか言いようがない。



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