謳えない鹿2 | ナノ



 

「良いか亮!朝は出来るだけ俺と食堂に行く様にする事!だから、迎えに行く迄部屋で待ってろ。じゃないと、お前飯食わないで勝手に居なくなっちまし!」

『お言葉ですが竹谷さん、僕は顔を洗いに一つ隣の井戸場へ向かってですね……』

「何でわざわざ一つ隣の遠い井戸場に向かうんだよ?!五年生の井戸場を使えよ!それにその井戸場を支度が整った格好で、向かうお前の台詞に説得力はない!」


食堂内でとある一席にて、そんなやりとりを交わす友人の姿に近くに座っていた彼らは笑わざる終えない。
八左ヱ門曰わく、朝食を取りに行く際隣の部屋である亮の元へと訪れた時、室内には誰もいなかったらしい。もしや、先に行ったのかと思えた八左ヱ門は食堂へ向かう廊下の中で、揺れる薄桜色を発見。声をかけようした所、薄桜色は食堂とは正反対の方向へと歩き出していたのに気が付き、彼が慌てて亮を引き連れてきたと言う。

勿論、亮の言う一つ隣の井戸場とは四年生が使う井戸場であり、わざわざそんな所まで向かい食堂へと向かって居ては朝食に間に合わないのは確かな事だった。


「お前、前にちゃんとご飯食べるって言っただろ?」

『そんな事、僕、言いましたか?』

「言った!多分!どこかで言った筈!うん!だから、分かったな?亮」

『しかし、それでは竹谷さんが……』

「返事!」

『はい……』


まさにごり押しの如くだ。その勢いに飲まれた亮は小さく返事を返せば、それで良し!と満足そうに笑う。
本来ならば強引な八左ヱ門を止めに入らねばならないのだろうが、亮は一人で勝手にフラつき居なくなり食事をとらない。こればかりはなんとかしなくてはいけない為、口を出す事を彼らはしなかった。


6人が座る其処は食堂内の隅の席、彼らが居る席の直ぐ隣は生徒2人分空いて居て座る事が出来るものの、座る存在は居ない。

朝食を食べに来る存在で溢れている食堂内は賑やかではあるものの、その室内に設けられた机の数に限りがあった。その席にちゃんと付く事が出来るかと言うのが、食堂へと向かう生徒の心配事の一つだ。
そしてもし座る席があったとしても、それが先輩の隣になるのでは無いかと言う心配事二つ目。しかしどうやら今はそういった生徒は居らず、無事に空いた席に座る事が出来た為か彼ら6人が座る席の隣に腰掛ける存在は居ない様だ。

そんな傍らでは、良いか!?絶対部屋に居ろよ?!とすぐ目の前まで詰め寄っている八左ヱ門を雷蔵が宥める。そしてそれを楽しそうに笑う勘右衛門。

箸をかじったまま眺めるのは一人の生徒。

三郎だ。

彼は口元に苦笑いを浮かべる亮をじっと見つめ、昨日の彼との様子を浮かべる。やはり、昨日同様の異変はない。
強引に連れてきた八左ヱ門や雷蔵に注意されるその光景に、は組から聞いた仕草一つも掠りもしない。そして、それは改めては組限定だと確信した。
そこで、三郎が身を乗り出して勘右衛門のおかずを勝手に拝借すれば、あ!三郎?!と声が上がるも彼はそのまま流した。

「そういえば、お前等勉強してるか?」


ワイワイと騒ぐ中その台詞が出た途端に話をしていた八左ヱ門の口がピタリと止まった。
勿論それはあきらかであり食事をしていた彼らの視線が向けられたのは当たり前。だが、八左ヱ門以外の彼等は三郎の言葉に対し当たり前だろ?と首を縦に振った。


「委員会がわざわざ休みだって言うのに、勉強しない訳には行かないだろ」

「それにい組のテスト問題ってば何気にややこしい文章で作られて居るから、勉強してないと点数落としかねないんだ」


おかずへと醤油をかけ掛けながら兵助が言い、それに続く様にご飯を食べていた勘右衛門が言葉を紡ぐ。
三郎がそういえば、昨日も亮は勉強していたな。と向けられた薄桜色はそうですね。と笑いながら返した。


『今回は初めての筆記テストなので、勉強は欠かせません』

「私達も今回のテストは難しいと聞いて居るからな。いつもに増してやる気を出して勉強してるさ」

「暗号化された文章問題が出るって聞いてたから、それも合わせて勉強しないと今回は不味いから……」

そして、ひと通り話した彼等の向けられた先には、傷んだ灰青色を結ぶ一人の生徒。視線を集めた張本人である八左ヱ門は何だよ……。と冷や汗を掻いた。
が、それでも続く沈黙に絶えかねた彼は、あ−ー!!と荒々しい声を上げたのだった。


「してないさ勉強!」


八左ヱ門がそう言えば、亮以外がやっぱりな。と言わんばかりの感情を込めた視線を、八左ヱ門に襲いかかる。
亮は分からずに湯のみを持ったままキョトンとしていたが、隣に座って居た勘右衛門が「八ね、勉強苦手だからいつもサボって居るんだよ。それで毎回赤点ばかり取ってるんだ」と言う。すると、勘右衛門の台詞を拾った八左ヱ門はばかりじゃないぞ!と声を上げた。


「赤点ぎりぎりだ!」

「威張る事じゃない」


兵助のツッコミをピシャリと受けた八左ヱ門はう!と固まる。

「だって、仕方ないだろ……、日に日にテストは難しくなるばかりで、どうやって勉強すれば良いか分かんなくなるしよ…」

うなだれる八左ヱ門を宥めるのは雷蔵だ。それを楽しそうに見る勘右衛門と、湯のみを置き食事を終え落ち着く亮。そして亮を見つめる兵助。

そこで三郎はニヤリと笑みを浮かべ、彼等へと向き合った。





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