謳えない鹿2 | ナノ



 

「やぁ、亮」



襖を開けてから名前を呼べば、暗くなりかけた室内で行儀よく正座する影が私の瞳へと映り込んで来る。
部屋の所有者は断りの一言もなく勝手に入り込んだ事に怒る事もせず、此方へと首だけ振り向けば口元に浮かび上がった笑み。
今の本人の気分を私へと悟らせる。


『こんにちは鉢屋さん』

机に向かっていた亮は手元にある本を静かに閉じては、今度は体全体を私へとむき直しどうされました?と小さく首を傾げる。
だけど、僅かに傾げた程度ではその厚い前髪が払われる訳は無く、少し傾いただけで目元を見る事が出来なかった。

机の上に置かれた本へと視線が向かれ、書き込まれた文字は明らかに参考書である。
其処で、亮はテスト勉強をしていたのだろう。と私は理解した。



「邪魔だったかい?」

『いえ、問題ないです』



それを聞き、安心した私は失礼するよ。と、向かい合う形で座り込めば、何も有りませんがどうぞ。と、口元に手を当て控え目に笑う。
亮の部屋に初めて入った三郎、彼はぐるりと室内へと視線を這わせれば本当に何も無いな。とだけ零した。

室内には1人用の机一つに衝立があるだけ。後ろの方には押し入れがあるだけで、きっとあの中には布団が詰まれているに違いない。
一回りした室内はガラリとしており、生活感の欠片すら感じられない。
それはきっと、亮の私物と言えるもの一つが置かれていない状態から思える事だからだろう。

彼、三郎自身だって私物の2つ3つ位はある。彼の同室者は意外とおおざっぱな所もある為、多少なりとも物を散らかした所で三郎を叱る事はしない。
それでもできる限り整理整頓をし、綺麗に物を片付けているとは言え流石にこの部屋の様には生活感は無くはない。

ガサリと音が鳴り、其方へと向き直れば薄桜色が揺れにこりと笑う彼が居た。
それに、やれやれ。と胸の内に溜め息を零してやれば、三郎は口を開いた。


「また、亮の話が聞きたくてな」

『僕の話………ですか?』


小さく首を傾げた亮に、三郎はほら以前話した時に言ったろ?また今度。って……。そう言えば亮はそう言えばそうでしたね。と考える仕草をする。


『答えれる範囲で宜しければ』

「(範囲ね……)」


内容によっては答えれないものもあると言う事だろう。
ジッと亮を見据えるも先ほどの表情から移り変わり、普段通りに口元は緩やかな笑みを浮かべている。
様子から見るとこれと言った異変はない。三郎自身とも普通に会話もするし、戸惑ったり焦ったりすると言う雰囲気も無い。
詳しく話を聞けば、どうやら口をきいてくれないのは五年は組限定らしく、雷蔵や他の生徒達とは何食わぬ顔で会話を交わす。




「前の学園では此方みたいに学年別に制服が有ったりするのか?」

『いえ無かったですね。制服は基本的に自由ですができる限り忍装束に近い物を皆様羽織っていました』

「やっぱり、他の生徒がいないからか?」

『多分。と言うのは建て前でしょう。
只単に先輩達が堅苦しいとか何とかで、勝手に校則を変えたと言うお話を聴いて居ます』

「(何と言う自由っぷり)」



此方では考えられない。
それはきっと、生徒も指導する先生方もちゃんと人数が揃えられているからこそなのだろう。
亮が居た学園は人数が少なく、先生と言える存在がすぐ近い感覚になる。だからこそ出来る技だろう。


「先輩って何人居るんだ?」


三郎がそう言えば少し間を明けてから、亮は2人です。と言う。
その様子に、違和感が見えた三郎は触れずに話しを進めた。


「どんな先輩?」

『どんな……と言われましても……』


なんと言うか……


『背は高いです。ね』

「?」

『僕よりも頭3つ分は大きいです』

『それから……前までは喧嘩が耐えなかったんですけど、六年に進級してからはけっこう大人しくなりました』


まぁ、そんな先輩ですね。
亮の話しで一瞬連想されたのが六年の潮江先輩と食満先輩の2人だった。彼等は顔を意見一つが違った瞬間に言い争いになり、取っ組み合いの喧嘩へと発展する。
それを毎回毎回止めるのも同学年の六年であり、2つ下の亮が止めに入るには無理がある。と言う事は先生が止めに入ったんだろうか……。


「(なん言うか……威圧的なものを感じるな)」


ただで冴え亮は年齢に対して背が高いのに、彼より更に背丈は高く喧嘩早い所があるみたいだ。実際に見てみたいと思えたのは、怖い見たさからだろう。

「今も学園に居るのか?」

『今は居ないでしょう。卒業試験を無事に終え合格しました。なので、今頃は就職先にて活動中か隠居でもしているのでは無いかと……』


隠居って……。六年生が卒業後隠居と言うおかしな組み合わせについ吹き出してしまう。
肩を震わせ笑ってしまった三郎に亮があれ?とまた首を傾げては疑問符を浮かべた。




『可笑しかったですか?』

「可笑しいだろ?普通。
プロの忍者になる為に忍者学校に行ってるのに、その後に隠居って……」


何をしたら隠居すると言う言葉が出て来るんだよ?そう笑う三郎に、亮はうーん、と首を捻らせて思考の海へと静かに浸かる。























『「いけない事をした。」とかですかね?』


















僅かに囁かれた亮の台詞。
しかしそれは、三郎の耳へとは届きはしなかった。


















100914

prev / next

現54-総86

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -