謳えない鹿2 | ナノ



 

「……小平太」

「ん?何だ、長次?」




後ろから上がった同室者の言葉を聞いた彼は、近くに置いていた一冊の本を後ろへと回せばそれを受け取る感覚が彼の手へと伝わった。
そして手を離せばそれを受け取ったであろう同室者は抗議の声を上げる

しかし、もう目の前迄迫って来ているテストに、友人の単位を心配する彼はその言葉を聞き流す。
今回のテストがどれだけ大切なものなのかを知らないのだろうか?
彼らにとっては大切な単位もかかっていれば、こう言った大きなテストを行う次の期間迄にかなり日が開いている。今回のテストを落とせばただじゃ済まない。勿論卒業迄の単位がかかっている六年生ならば尚更にだ。

しかし、声を上げる彼にはその自覚が無いのか、今にでも部屋を飛び出す勢いである。
勿論その理由を既にわかり切っている長次は更に止めなくてはいけないと言う使命感みたいなものがあった。

五年生の摩利支天亮次ノ介。

彼を酷く気に掛ける様になったのは此処最近の話だ。
話しを聞けば、以前に小平太は亮と会った事があるらしい。
と言う言葉は少し不釣り合いだ。どこかで会った「かも」知れないだ。
小平太自身もそれがどこなのかもはっきりしない為、上手く思い出せないみたい。
しばらくの間、考え込んでいた様子の小平太だったが、どうやらそれが原因だったみたいだ。そして逸れを思い出す為に小平太は亮へと話しかけているみたいだが、その方法にある問題があった。


なにせその方法が自身を蹴って欲しい。

との事だったと小平太自身の口から聞いた時には、流石の長次も此には驚くしか無かった。
勿論それに亮が承諾し彼を蹴る事は無かったものの、逆にそれは絶対に思い出してやる。と言うやる気を出させてしまったらしい。

故に小平太は何かと亮が居るでだろう五年生長屋に行くも、その度に長次が止めていたのだった。
そもそも何故蹴り限定かと聞くも、分からん!と答えられてしまえば返信しようにも無い。



「少し位でも駄目か?」



再び後ろから上がる声に頷いてみせる。
今頃亮はテスト勉強をしているに違いない。どの学年でも大切なテストを邪魔する訳にも行かない。
そして何より、編入生である亮に六年生は可笑しな人達。とイメージ付けられては大変だ。これ以上にも。



「……テストの方が大切だ」

「分かってるけどさ、どうしても私は気になるぞ!」


バタバタと手足を揺らす男が部屋の中に響き渡る。
不満な感情が込められているが、此処で長次が行って構わない。
と手放してしまったら、亮だけではなくきっと他の五年生に被害が及ぶに違いない。

伊達に暴君と言われていないのだ。
そんな彼が物事を穏便に済ます筈が無い。寧ろ、何か被害が出ての事件解決だろう。

ため息混じりに長次が伸ばした指の先、それは自身と同色の制服であり同室者のものであった。
ガシリと掴んだその制服を引き寄せれば、うお?!と抜けた声が上がる。しかし、逸れを気にせず引きずる長次は、相手の机の前へと連れ戻し周りに散らかる教材をドン!とのせてみせた。



「……テスト勉強」




普段よりも低い声。
細めた視線にびくりと肩を震わせた彼は唇を尖らせ長らく筆を取るしか無かった。


















101024

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現81-総86

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