謳えない鹿2 | ナノ



 












『亮』











はい?と、名を呼ばれた薄桜色は後ろへと振り返ろうとした。

しかし突如として首へと走った鈍い感覚とグギ!と無理に筋肉を動かした時の音が首から鳴れば、名を呼ばれた本人である亮はウギャ!と変な悲鳴を上げざる終えなかった。
視界がいきなり傾いた瞬間には流石に驚いたが、同時に後ろに感じた気配と聞き慣れ始めている声の主に彼でしたか。と納得いくものがあった。

亮はズキズキと悲鳴を上げる首筋を片手でおさえながら、後ろへと振り返った。

だが、狭い視界越しに亮の瞳へと映り込んで来たのは太陽を連想させる映えた色合い。
その色合いに一瞬だけ瞳が細められるが、それを遮るのは厚い前髪。
故に目の前に居る存在にそれを悟られる事は無かった。

振り向いた亮だが、映えた色合いを靡かせる彼とは面識はない。
着ている制服は紫色と言う四年生のものだが、背丈が亮よりも高いのだ。
その背丈から見て亮が思い浮かべたのは立花先輩と、未だにちゃんと自己紹介が出来て居ない枯色の長い髪を持つ2人の最上級生。
その2人と目の前の四年生の背丈は等しく、最上級生かと思えど制服の色がそれを拒否するのだった。


「えっと…五年生の亮君、だよね」


不安そうに首を傾げる彼に亮はいつもの様にはい。と笑みを浮かべた。
すると、彼はそれに釣られる様に彼ならではの独特の笑みを浮かべたのだった。

「はじめまして。俺は四年は組の斉藤タカ丸」

猫を連想しそうな笑みを浮かべる彼、タカ丸。

確か以前3人の四年生と一緒に食堂でご飯を食べてた時に、内の2人が喧嘩しそれを止めるにはタカ丸さん。と言う人物では無いと彼らの喧嘩は止まらないと聞いていた。
そうか、彼がそのタカ丸さん。か……。

すると、思考に浸って居た亮へとタカ丸と名を名乗った少年は手を差し伸ばす。
勿論この意味を理解している亮は返す様に其の手を握り返すのだった。

『五年は組、摩利支天亮次ノ介です』

宜しくお願い致します。
そう言った亮だが、タカ丸はえ?!と驚いた表情で慌て出すものだから、どうかしましたか?と亮に疑問が生まれた。


「あれ?名前って亮君じゃないの?」


なるほど。
そんな言葉が亮の中でチラついた。
確かに亮の名前をフルネームで言えば『亮次ノ介』では有るが、名字同様に長い為に省略され亮と呼んで貰って居る。
きっと人伝えで彼へと届いたのだろう。伝言ゲームの様に伝わる内容は、必ずしもどこか抜けてたり勝手に手を加えられているものだから。
と言う事はタカ丸は亮と面識の有る人物から、省略した名前の方だけしか聞かされて居ないのだろう。こうやって慌てふためいて居るのだろう。


『名前は長いので、皆さんには省略して呼んで頂いて居るのです』


口元を抑えながら亮が言えば、タカ丸はなんだ、ビックリした。と、抜けた笑みを零すのだった。


「実は前々から亮君に話しかけたいなって思ってたんだけどね、やっぱり先輩に気軽に声かけたら失礼かな?って思ってたんだ」

ニコニコと笑みを絶やさずに話すタカ丸に、僕に……ですか?
なんて首を傾げる仕草がどこか可愛らしく、タカ丸はうん!とまた笑う。

「俺ね朝食堂に行く途中でいつも亮君を見かけてたんだよ。でね、亮君を見かける度にずっと気になって居た事があって……。それで今度声かけてみたいなって思ってたんだけど、どうやって話しかければ良いか分からなくて悩んでたんだ」

そしたら、相談した彼が手伝って上げるって言ってくれたんだ。


『彼ですか?』


タカ丸と同じ四年生。
其処で連想させる人物を思い浮かべようとした瞬間だった。
再び髪を引っ張られた亮がい"!と息を呑んだ時だ。タカ丸へと向けられていた視界が一気に傾き、高い視点から低い視点へと移り変わった。
その瞬間に亮の視界に映り込んだのは丸い瞳と、癖の有る長い髪の毛。
彼は前髪越しながらも亮と視線が合った事に気付いたのか、人差し指と中指だけを立てこう言った。





「だ〜いせいこ〜う」

『………綾部さん』






綾部喜八郎。
やはり聞き間違えでは無かったらしい。







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現61-総86


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