謳えない鹿2 | ナノ



 

「何かあったのか?」


そう声を掛けられた彼が顔を上げれば、友人である作兵衛が怪訝な顔付きで此方を伺っていた。

手に持つのは幾つかの忍具と一本の縄。

そしてその縄が自身の胴体に繋がっており、左門自身これは友人である作兵衛の移動法なのだと勝手に解釈している。

郊外授業を請ける為に移動中の今、前を歩いていた彼の台詞に何でだ?と聞き返せば、彼は誰でも気付くさ。と小さく笑う。
廊下の中を進んでいた彼らだが、無意識に2人が止まれば作兵衛の手の中から伸ばされている縄に繋がる彼もとまる。

彼ら2人は食堂であった亮の行動を知らない。何せ、居なくなった彼三之助を作兵衛が捜索に出、一緒に探しに出た左門が何故か食堂に着き、とりあえず先に朝食を済ませようとしていた矢先の事だったのだから。

無事2人と合流する事が出来た左門だったが、先日一緒に勉強会(と言っても、孫兵と亮が約束していたものに乱入しただけ)を行った時には、食堂内での時の様な挙動不審は全く見受けられなかった。

それを考えれば考える程に、謎が深まるばかりで分からなくなる一方だった。
そして、うんうんと悩んでいた左門の異変に2人が気付いた訳だ。

隣に居る三之助そして前を歩く作兵衛から向けられる2つの視線。これに絶えかねた左門は今日あった事をおずおずと話し始めた。


「さっき、食堂で亮先輩に会ったんだ」


左門がそう言えば、縄を持つ作兵衛が小さく羨ましい。うらやましいと呟いて居たが、それを拾った三之助は触れずにそれで?と左門を促す。


「前にみんなで勉強会をしただろ?
それで、また一緒にしませんか?って誘ったんだ。」



でも……。

最後迄続く事の無かったそれは途中で切られてしまう。
そして、それを聞いた作兵衛と三之助は彼の纏う雰囲気で、何となく察しが付いた。
きっと断られたのだと。しかし、だったこの落ち込み様は少しばかり大げさである。
彼等が思い描いた亮は穏やかで、同じ三年生だったとは言え他の五年生と比べ落ち着いているのが印象的だ。
彼ならば仲良くなった友人である左門相手に、怒鳴り散らす様に勉強会を断る事は無い筈だ。
薄桜色の彼はきっと、『ごめんなさい』や『申し訳有りませんが……』と言ったやんわりとした口調で断ったに違いないだろう。
まぁ、むしろ、怒鳴り散らした。と言う事なればそれはそれでショックだが。


「で、一緒に食べていた五年生の先輩達が慰めてくれたんだけどさ……」


その時、鉢屋三郎が言った言葉に彼、左門の悩む点が向けられて居るのを2人は知った。


「亮先輩、は組のみんなと上手く行ってなくて……それで、今ピリピリして居るからあんまり話しかけるなって……」


鉢屋三郎と言えば、変装名人で有名だがそれと同時に悪戯をよく仕掛けてくる事でも知られて居る。だから初め、鉢屋三郎の言葉をあまり信じては居なかった。
初めは彼等五年生と共に食事を取っていた亮が、何かしら揉め事でもありその場に居辛くなり立ち去ったのだと思っていたらしい。

だが、亮が立ち去った後にアイツどうしたんだ?三郎、お前何か知ってるな?!と問いただす様子にどうやらそうでも無いらしいと理解した。

だが……


「亮先輩がクラスメートと上手く行って居ない……」


鉢屋三郎が言ったその台詞に、やはり三之助と作兵衛は疑ってしまう。
以前にも話をしただろうが五年は組と言えば、毎日騒動を起こすアホの一年は組と並ぶ位に有名なクラスだ。
しかしそれは、成績が悪いが為ではなく、忍者としての不釣り合いな素質を持つ五年生が集まったクラス。として有名である。
思いやり。
それが何より第一に優先される心意気は、殺伐と混沌の入り混じる忍者の世界には不要なものでしかないのだ。

しかし、それでも落第者や退学と言った存在を一人も出さずに、皆揃って五年まで進級出来たのは仲間を思ってでのその思いやりのだからこそ成し遂げた事に違いない。

結果的には忍者としての腕はあっても発揮出来ずじまいだが、団結力は一年は組に並ぶか或いは上回るか。
そんな五年は組は何よりも仲間意識が強い。
いくら編入してきた亮と言え、省く事はせず逆にその手を引き共に円へと招き入れているのを聞く。
つまり、仲間意識の強い五年は組が亮と上手く行かない筈が無い。

故に、上手く行って居ない。

と言う話しに、どうしても耳を疑う。
それでも、今の亮の様子は可笑しく、それに関して鉢屋三郎は何かを知っている上で亮に話しかけるな。と言ってきたのだ。

そう聞けば、己の無力さを改めて痛感させられる。
亮と歳が近いであろう左門達が、何も出来ず彼が飛び級した先の先輩に関わるなと言われている様なもの。
これに付いて悩むな。考えるな。と言われ従う方が可笑しい。

もしや鉢屋三郎、彼には何かしら案があっての事でそれを邪魔されたく無くあえて近寄るな。と言ったのかも知れない。
こう言った時に先輩と後輩の差により、後輩である自身等が先輩である鉢屋三郎の言う事を聞かざる終えなくなる。

もしかしたら、自身に何か出来るかも知れない。
だが、これは五年生である彼等の問題であり、三年生の左門が口を出せる問題でも無い。しかし、何とか力にならないかな?

そう言った事で左門は悩んでいた。



「なぁ、どう思う?」



そう問い掛けられた作兵衛と三之助はつい目を合わせてしまう。
三年生の中で一番背の低い左門は、見上げる様に2人の友に言葉を投げた。そして、それを受けた片割れが口を出すなよ。と、ため息混じりに言葉を吐いた。


「左門、確かに俺も今の話し聞いて亮先輩何かしてあげたい。って思ったさ」

「……だったら」

「でも相手は2つ上の五年生だ。
勿論、鉢屋先輩の言葉は疑うけど俺たち三年生には出来る事の範囲が決まっている。今無闇に鉢屋先輩の忠告を無視して、亮君に話しかけた所で事態が悪い方に転んだらどうすんだ?」

それこそ意味が無くなるだろ?

作兵衛が其処まで言えば、左門は押し黙ってしまった。
左門も左門なりに亮を心配してでの事だから、その意図に悪気など全くないのだ。
だが、編入し且つ飛び級と言うオプションが付くあの穏やかな彼にだって抱える悩み一つ二つは有るに違いない。
先輩ではなく友達として接してくれた彼を思えば、深入りは禁物だ。
むしろ深入りし過ぎて仲を壊しかねない。ならば、此処は先輩である鉢屋三郎の言葉通りにするのが得策だろう。


「それに、亮君も色々考えいるんだとおもうぞ?
だったら、俺たちが余計に口を挟む事は逆に迷惑だ」


亮を友を思う成れば、深い所まで追求しては成らない。
一人になる時間をちゃんと作ってあげないといけない時だってあるのだ。

きっと鉢屋三郎にも考えがあるのだ。

彼と共に居られる時間が長い先輩に任せるしかない。


「俺達は俺達で我慢だ」


分かったな、左門?
そう困った様に笑う作兵衛に、そうだな。
と相槌した左門は小さく笑う。

さて、少しは左門の悩みも晴れただろう。
さっさと授業を受ける為に向かわないと……。と、一歩踏み出した作兵衛だったが、先ほどから妙に辺りが静かである事に気付いた。
あれ?と疑問を抱いた彼は無意識に縄を引っ張っていたらしく、同時に後ろから左門の声が上がる。作兵衛が後ろへと振り返れば、其処には苦しそうに縄に抵抗する左門。
そして、千切れたもう一本の縄に、作兵衛は先ほどまで其処にいた筈の…三之助の名を思いっきり呼んだのだった。
























100922

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