謳えない鹿2 | ナノ



 

「伊賀崎孫兵」

彼の部屋には同室者は居なかった。
話を聞けば何でも二年生の頃に、家の事情で学園を止めて以来は一人で部屋を使って居るらしい。
故に部屋を一人で使うにはあまりにも広々として居るが、逆に何人もの人が詰め込まれればどこか息苦しいものを感じられる。

そんな部屋の真ん中に引っ張り出されたのは、彼、伊賀崎孫兵が普段使っている勉強机。
一人用の机でもある為、何人もがその上で本を開く事はできない。

その為、今机の上に開かれて居るそれは亮が図書室から借りてきた読み書きドリルと、一年生の時に使っていた忍たまの友である。
言わずもがな、当時使っていた昔の本。その本には伊賀崎孫兵。と、どこか歪んだ文字で書かれていた。

その二冊開きながら、孫兵が指を指した。


「で、これは?」

『………り?』

「残念、い。でした」

孫兵がそう言えば亮はううん。と首を捻り筆を止めてしまう。
その隣では、2人の勉強様子を覗く数馬と左門の姿。
そして、時折、こっちは分かる?などと質問や助言をしてくれる辺りは、正直助かる。稀に左門が余計な事をして来ては、孫兵が怒り出す。と言う事も有るが、さほど問題はない様だ。


そんな4人の様子を見ながら共に忍たまの友を開く藤内、作兵衛、そして三之助。
テストが近い事から、皆で彼、孫兵の部屋で勉強をしていた。いつもの様に勉強する風景が見られるが、彼らの胸の中では正直それ所では無かった。


忍たまの本越に覗いたその先には文字を読む練習する五年生と、それを教える三年生。と言う異色な光景が有った。そして言わずもがな、集中するのはまた首を傾げる亮の姿だった。


(なぁ。やっぱりあれってさ……)

つい最近使える様になった矢羽根で、作兵衛が隣にいる藤内へと言葉を掛ければ受け取った藤内は視線を作兵衛に向けた。

(多分、そうじゃないかな?あれはどう見てもあれ。でしょう)

(やっぱり?)


しかし、それに気が付かない彼も彼だと、作兵衛は思った。

先の事件。と言ってよいのか分からないが、一騒動あったそれを気になって仕方ない2人。

本人は気付いているのかはたまた本当に気付いていないのか。問題だ。


三年生くのたま。
彼女達が追っていた亮との関わり。どうやらそれは亮に包みを渡したであろう彼女と話をさせる為に追いかけて来たらしい。
そして、その包みの中に入っていたと思われる紙。つまりは恋文と思われる紙の返事。彼女はその返事が欲しかったらしい。
しかし、其処で問題が起きた。


『亮は上手く文字を読めない』


と言う事。
いくら前の学園が実習や実践を主に行っていた場所とは言えど、文字の読み書きが苦手な忍たまが居るだろうか?
しかも基礎となる平仮名すら読めない編入生が、飛び級した。だなんて、誰も思うまい。

結果、綴られる文字すら読めない亮は、手紙の内容が恋文であると分からなかった。
そんな時に孫兵と出会った。
きっかけは彼の親友であるジュンコが亮の匂いとやらに釣られ、朝から部屋を脱走した事に始まる。そして、其処で前までいた学園の話し、授業の内容などの流れになった際に三年生で習う暗号文字の話題が上がる。
其処で亮が暗号文字は読めるも、逆に普通の平仮名と言った文字の読み書きが苦手と話す。

それからは流れるかの様に孫兵が提案したのだ。

『一緒に勉強しませんか?』

と。
其処で亮は孫兵と勉強する約束をした所にて、勘右衛門と遭遇したのは先の話し。


結果的には手紙の内容を未だに分からない亮は、彼女に文字をちゃんと読める様になったら返事を返します。
そう告げた途端に、彼女の友人等は目を丸くする。

そこでやっと彼女の手紙の意味を理解した三年生達は、渡したであろう彼女が羞恥の余り怒り狂い平手打ちの一つでも食らわせるのでは無いかと心配する。

しかし、彼女は首を縦に振り、
「その時迄、私待ってます。」
とはっきりと一言残して友人等と共にその場から立ち去って行ったのだった。

一部始終を見ていた彼らの気持ちは、まるで告白シーンをみた様なものに近い。

そして、其処で全ての話しが繋がった。
忍たま三年生へと亮の事を色々聞いて回るくのたま。
彼女達は友人の恋を応援する為に未だに返事が来ない事で、編入する前の学年忍たま三年生に聞き回っていた。大方、元とは成るが同学年の彼らと親しい筈だと。勿論、そう思える根拠はあった。
三年生の数馬と藤内そして作兵衛と共に、仲良く食事をする様子を見た事が有ったからだ。

そして彼女達は三年生の忍たま達へと話しかけた。「最近の亮君の様子どう?」と。
流石に彼が居る五年生のしかも先輩となる方々に聞く勇気のない年頃のくのたま達。一番近くに居る彼らに声をかける事は出来なかった。

と言うのが、事の真相らしい。

しかし、手紙の内容を知らない亮とそう言ったものに全く興味のない孫兵、この2人が何事もなく勉強しようとしたその流れに彼らは転けざる終えなかったのは数分前の話しだった。



(亮君って、モテるんだね)

(うん、飛び級は確かに憧れるからな)



自身等と同学年だった亮。しかしその口調、身のこなしに自然に目を引く流れる仕草、三年生から五年生への飛び級、そして現五年生の中で一番に高いその背丈はくのたまが放って置くわけが無い。
まだ声変わりはしていないものの、それすらいつどう言った位に低くなるのか期待してしまう。
まぁ、本当の所、女である亮が声変わりなんてなる筈がないのだが。


(でも、文字が読めないのは意外だね)

(ああ、何だか意外過ぎてビックリしちまう)


チラリと4人の様子を見れば、その中に何故か三之助迄もが混じって居た。其処で作兵衛と藤内は顔を見合わせては小さく笑みを零し、忍たまの友を持ち集まる彼らの元へと歩み寄った。




「亮先輩、この暗号文字なんスけど」

『ええっと、この暗号はまず最初の2文字を……』

「三之助、邪魔をするな。先輩、僕等は……」

「ねぇねぇ、亮君、この暗器の名前分かる?」

『確か、南部地方でよく使われる……』

「亮君、俺にも教えてくれ!どうしても分からない暗号文字が……」


次から次へと沸き立つ質問とたまに混じり合う雑談は、普段のテスト勉強とは似て付かない光景だ。
もはや、テスト勉強と言うより、勉強を投げ捨ては遊び始めた。が妥当だ。
どこか困った様な雰囲気をする亮だが、その口元は緩んでおり何だか楽しそうである。
しかし、たった一人だけそんな賑やかな場面で肩を震わせる存在一つ。
持っていた筆を握りしめると、彼の首に居たジュンコがすぐさま向かいに居る亮の袖を伝い懐へと潜り込む。

驚いた亮は同時に彼の異変に気づき、そろりと耳を塞ぐ。
同時にバタンと荒々しく机を叩いた。

















「お前らぁ!勉強しないなら出て行けぇぇ!!!」














三年生長屋。それも、とある一人の生徒の部屋から上がった声に、周辺の草木が揺らめいたのは誰も知らない事だった。



















100831

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