謳えない鹿2 | ナノ



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賑わいが途絶えない朝の食堂。そこでいつもの様に三郎と僕は食堂のおばちゃんから定食を受け取った。
そして、空いている席は……と、食堂内を見回す三郎を視界に捉えた時だった。後ろからおばちゃんに声を掛けられ。
未だにキョロキョロとする三郎を隅に捉えたまま、僕はおばちゃんへと振り返った。そして、そこで僕はとある事を聞き、え?と小さな言葉を零してしまった。




* * *


朝食をとる為にやって来た食堂は忍たまの姿で埋め尽くされていて、これは流石に席は無いか。
と、自身の頭を掻いた。もっと早くくるべきだったかな?と思いながら、とりあえず足を進める。
カウンター越しにおばちゃんと朝の挨拶を交わし、パッと浮かんだB定食を頼む。

俺の脇を一年坊主がバタバタと走り去れば、偶々食堂内に居合わせていた先生が注意に入る。

それを聞いた一年坊主だが、再び廊下に出るなり走り去る音に分かってないようだな。なんて、思いながら食堂内へと視線を巡らせれば、見知った背中が其処に存在していた。

丁度、頼んでいた定食も来て受け取った俺は、お礼を言ってはそいつ等の元へと向かう。向かい合う様に座っていた片方が俺に気が付き手を降る。同時にもう片方が振り向き静かに唇を動かしたのだ。


「おはよう八」

「おはよう!三郎に雷蔵」


眠そうな顔つきなのは、きっとまだ眠いからに違いない。朝の挨拶を軽く交わした俺は、三郎の隣へと座ろうとすれば「この席は有料席です」なんて朝っぱらから意味の分からない冗談を噛ますもんだから、ハイハイ。と軽く流しては無理やり座る。

端へと追いやられた三郎は文句を言うが、そんな事に一々付き合っていられる程に俺は朝からテンションが高くはない。俺は手を合わせ頂きます。と呟いてから箸を手に取った時だ。
目の前で眉間に皺をよせる雷蔵の姿に、お椀を掴もうとした手が止まった。


「どうしたんだ?雷蔵?」


腹の具合でも悪いのか?と聞くも、雷蔵はいや。の二言のみで詳細を言おうとはしない。隣の三郎へと視線をやれば、俺のオカズを摘もうとする瞬間だった為持っていた箸で死守して見せた。



「………三郎」

「ハイハイわかってるって」


ちぇ。と口を尖らせる三郎はお茶の入る湯のみを手に取り、もう片方に持っていた箸をくるりと宙で回転させてみた。


「亮の事」

「亮?」



亮と言えば、一番に思い浮かべる鮮明な薄桜色の髪。そして先日の私物紛失事件。
あれ以来、亮とまともに会っていないせいか、事件以来どんな様子かなんて分からない。しかし、何だって雷蔵が亮の事で悩んで居るのか?
さっぱり分からない。



「八はさ、亮が食堂に来ているの見た事あるか?」


亮が、食堂に?
箸を持ったまま湯のみへと口を付ける。と言う行儀の悪い格好で飲む。
オイ、いくら雷蔵が悩んでいる最中だからってそれはないぞ。
俺は、行儀の悪い三郎へと味噌汁の入るお椀を持ちながら呟いた。


「あるだろ?ほら、亮と兵助と勘右衛門が3人で来た時」



思い出すのはあの三人が食堂に来た時だ。
勘右衛門と兵助の2人に比べ、少し背が高い亮の存在は目立っていてその映える髪の毛で更に存在を主張していた。そして、その後に起きた三郎と亮のやり取りもちゃんと記憶している。
しかし、隣の三郎はまぁ、それは私だって覚えている。と言うしかない。ほら、やっぱり亮は食堂に来てたじゃないか。



「で?」

「は?」

「他に見た時があるか?」

「食堂に居る時をか?」


勿論有るだろう?あの時だって………。











そこでふと、弧を描こうとしていた箸先がピタリと止まった。





あれ?そういえば、あれ以来食堂で亮の姿を見た事がない俺に、可笑しな感覚がおそって来る。

朝の食堂で?



いや、朝だけじゃない。
昼に夕方の食堂。





俺は、アイツの背中を見た事がない。

待て待て。


もしかしたら俺が食堂に来るタイミングが悪いだけで、本当はすれ違いで此処に…。

そう考えれば考える程に変な方へと考えが沈んでいく。

だって、亮がこの学園に編入して少しは月日は経っている。
もしかして、は組の奴らと?でも、アイツ等は基本的に少人数で組まれながら食事をしていた。だが、そんな奴らの中に薄桜色と言う存在は無い。

アイツ等が食事を取る時間帯だってだいたい決まっている。

だからこそ。


亮の存在もその中にあるとばかり思い込んでいた。


「おばちゃんが言っていたんだがな、亮の奴ずっと食事に来ていないらしい」

「ずっと?」

「課題実習の前の日、そこら辺から来てないってさ。その前の日辺りもあまり来ては無かったみたいでな、よく数えてみたらたったの五回だ」


五回?!
おいそれは流石に可笑しいぞ?!だって、食堂は1日三回の食事が出て亮が編入してからもう何週間も経つ。なのにも関わらず食事した回数が五回?
そんなの可笑しいだろ?


「でも、実際おばちゃん本人が言っているんだから本当の事だろう」


それで、雷蔵が何故亮が来ないのか考え込んでいる。理由があるのか。その理由を聞くべきか否か。らしい。

食事をちゃんと取っていない亮だが、あいつの仕草で可笑しい所は無かった。三郎によると課題実習の前日から食べてないみたい。よくそんなので体が保つなと言う関心と同時に、前の学園でそんな生活をしていたのかと言う疑問が沸く。



「俺、聞いてみるよ」

「……でも、八左ヱ門」

「雷蔵、理由は何であれ放って置けばアイツ倒れるぞ」


そうなる前にちゃんと聞かないと。
その言葉に雷蔵がそうだね、ご飯を食べないと体保たないからね。
そんな俺たちの会話に頑張れよ〜と、手を振る三郎へを視界に捉えれば俺のオカズを箸で掴んでいた所だった。















100704

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