謳えない鹿2 | ナノ



 

景色が一変した。

先ほどまで居た筈の廊下の景色はどこにも無く、かけらすら見当たらない。
天井を支える柱や、痛んだ壁、未だにギシギシ鳴る廊下の床。
それらしき物が周辺と言える周りには全く無い。

まぁ、当たり前だろう。

今、彼等は屋根の上にいるのだから。

では、何故、先ほど迄廊下に居た彼等が屋根の上に居るか?
勿論これにも理由はあった。

まるで跳ねるかの様な足取りで、着地音すら出さずにその場に降り立つ。しかし、また空へと跳べば穏やかな浮遊感が2人を包み込む。
激しく跳んでいない所を見ると、どうやら抱えられている2人に配慮する為なのだろう。

しかし、その本人達は気付いていないのか、両脇で感動の声を上げていた。
そして彼等を自身の両脇に抱えて居る五年生、それは亮による行為によるものだった。

ふわっとした感覚はまるで抜け落ちた羽が空へと舞うような感覚。
雲の様に漂ったり、風に飛ばされた葉っぱではない。軽い足取りでひらりひらりと跳ぶその様は、野生の動物に似ている。足音を絶てず前へと進んでいく様子にそう感じてしまう。
そして、先ほどの場所からやっと離れる事が出来たらしく、2人を抱える亮の足はようやく止まった。
タン、タタン。と、今になって足音を立てた亮は、今し方自身が来たであろう方向へと振り返れば追ってくるかと思っていたが姿が無い所を見ると、どうやらそこ迄強いてはいないと見えた。

其処で安堵の溜め息が出て来ては、ひとまずこのまま移動しよう。と思っていた時である。
彼左門は一体どこに向かっていたのだろう?と、抱えて居る彼へと視線を下ろせば、じっとこちらを見上げてくる本人にピクリと亮の口端が動いた。


彼の視線の中に混じるもの。
何をいいたいのかはだいたい分かる。
彼、七松小平太との会話のやりとり。あれが一体何であるのか?第三者から見れば気になるものでしか無く、逆に気にするな。と言う方が無理だろう。

聞かれては何かと厄介である。
此処は無理やりにでも話しを変えなくてはいけない。左門が口を開きかけた所で、亮が遮る様に言葉を紡ごうとした。
だが、左門よりもそして亮よりも先に言葉を紡いだのは、無自覚な方向音痴である三之助自身だった。



「あ、」


三之助の小さな言葉により2人の視線が集中する。亮は疑問符を浮かべ、左門は相変わらず元気にどうした?三之助!と返す。
そんな2人へと顔を合わせる事なく、三之助はただじっと前を……と言うよりかは、ただ一点を見ているだけである。


「ほら、あれ」


それから視線を外す事なく彼は抱えられた状態のまま、その腕を真っ直ぐと伸ばすのみ。

さっぱり状況に追い付かない亮と左門だが、彼が指差す先へと2人の視線が向けられれば各自自由なリアクションを取ったのだった。


一人は三年じゃん。と、呟き。
一人は何故此処に居るのでしょうか?と疑問を抱き。
一人はわなわなとその体を震わせた。



勿論、そんな彼を抱えられている亮が気が付かない訳が無い。

亮は彼が震えだした事に、もしや具合が悪いのでは?と焦り出す。
先ほど迄廊下に足をついていた中、無理やりそして彼自身の意見も聞かずに連れて来てしまった。
そのせいか、突如として彼に襲った浮遊感に体が付いて来なくなり、気持ち悪いと言う嘔吐感を沸き立たせてしまったのかも知れない。

なれば、急いで医務室へ。
自身の視界に入るその存在には悪いが、今は挨拶をしている場合では無い。

亮は医務室のある校舎は……と、辺りを一瞥した時だ。抱えている彼の方から弱々しい声が上がる。
どうやら反対側に居た三之助も気づいたらしく、どうした左門?と、呑気な声をあげる。





「先輩、」

『何ですか神崎さん?具合が悪いので?』

「ヤバいです」

『はっ、吐きそうですか?!』

「走って下さい」

『吐くのな……、へ?』

「先輩!走って下さいぃ!!」








左門の声を打ち消すかの様に、三人の向かいに居た存在が同時に声を上げた。






「見つけたわよ!摩利支天君!!」













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