謳えない鹿2 | ナノ



 

盛大な物音と共に舞い上がったのは大量の埃。

一瞬何が起きたのかと脳内がパニックを起こすものの、背中に感じる重みによりこうなる前の事が脳裏を過ぎ去る。
ああ、そういえば…と零れそうになる。
しかし、同時に下から上がる声により、そのつぶやきは見事に打ち消されてしまった。



「次屋!お前ぇ!」

「あれ?先輩、何してるんスか?」

「お前等がぶつかって来たんだろうが!」

「あ、こんにちはッス田村」

「先輩を付けろ!次屋ぁ!」




次屋の下敷きになっていたのは四年の、滝夜叉丸そして、三木ヱ門の2人だった。
どうやら2人が廊下にて会話をしている中、勢い余った左門が止まり切れず突っ込んだ。と言う事だろう。
その証拠に四年生2人の上に三年生の左門と、三之助が遠慮なくのしかかって居る。
そこであれ?と、三之助は気が付いた。確か自身の他にもう一人居たような…。と、同時にグッと背中にのしかかる重みに彼は思い出したかの様に手をポンと叩いた。


「亮先輩、大丈夫ッスか?」


三之助がそう言えば、彼の上に居た亮からええ。と小さな声が降り注ぐ。しかし、もう一人、左門からこれと言った一声が発せられない。


可笑しいと思った亮は直ぐに彼等の上から退き、神崎さん?と肩を揺らす。
だが、返事が無い。ソロリと彼の顔を覗いた亮だが、そこでうわ!と驚いた声により三之助も覗き込めばありゃりゃ。と、呑気な声が上がった。


「左門の奴、気絶してるよ」



其処には目を回しのびた左門が居た。
困りましたね。と、頬を掻く亮へと近づいてきたのは、巻き込まれた四年生2人。2人は何で五年生の彼もが一緒に居るのか分からないものの、目を回す後輩へと視線を向ければやれやれとため息を付いた。


「亮先輩、もしかして、神崎の迷子に巻き込まれたのですか?」

『迷子、ですか?』

迷子ってあの迷子?と纏う雰囲気に、三木ヱ門がはい。と腕を組ながら補足する。

「こいつ、決断力の有る方向音痴って言われて居るんですよ」


彼のその台詞により、亮はなるほどだから此処にくる迄のあれが。と理解出来た。
無意識に近いのだろう。それに彼自身の決断力が加わり、決断力ある方向音痴と呼ばれているのだろう。視界の端では滝夜叉丸と三之助が何やら口論する姿が見える。
隣で左門をつまらなそうにつつきながら次屋がほぅほぅと呟く。その最中にそう言えば…‥。と、三木ヱ門が亮へと振り向く。


「亮先輩、どこかに向かう途中だったので?」

『え?』

「三之助と神崎が一緒って事は、どこかに向かう途中って言う事なんですよ」


そう言う三木ヱ門だが、亮は乾いた笑いしか出ない。
確かに亮は本を無事に借りる事が出来、その後は約束していた彼の元へと向かう中だった。
その途中で左門と三之助と遭遇。そして事が始まった。
と言う訳だ。
しかし、今、目を回している彼をこのまま放って置くわけには行かない。約束した彼には後で謝るしかない。

左門の顔をのぞき込むもやはり目を回したまま。亮は三木ヱ門へと彼を医務室に連れて行きます。と告げれば、彼は大丈夫ですよ。と言う。
勿論それにどんな意味が含まれているのか分からない亮は、え?とたじろぐも三木ヱ門はこいつ、こう見えて丈夫なんで。としか言わない。


「ほら!神崎!起きろ!」


そう言うや否や、三木ヱ門は遠慮なく頭を叩けば亮は慌てるしかない。
もし、ぶつかった衝撃で脳内に異常でもあれば!と三木ヱ門の隣で慌てふためく亮だが、その心配事を晴らすかの様に閉じていた左門の目が徐に開いたのだ。



「あれ?亮先輩?」

『だだっ大丈夫ですか?神崎さん?!』


赤く腫れてきた額は、きっと数分もしない内にたんこぶができるだろう。
他に痛い所は有りますか?と心配し顔をのぞき込んできた亮に、少し驚いた左門だが同時になんだか嬉しくなり大丈夫ですよ!とにっかり笑う。
だが、それを見ていた三木ヱ門はよくも分からずムッとし、ポカン!と左門の頭を叩けば同時に上がるのは叩かれた彼の悲鳴だった。


「いで!何しやがる!三木ヱ門!」

「先輩を付けろ神崎!何先輩に迷惑をかけて居るんだお前は!」

「煩いな!三木ヱ門には関係ないだろ?!」

「だから、先輩を付けろ!!」


其処で勃発した左門と三木ヱ門の喧嘩。
まさか目の前で喧嘩が起きるとは思わなかった亮は驚き目を丸くする。仲裁に入ろうにも2人の勢いは止まない。むしろその勢いは増すばかりであり、口を挟む隙間すら無い。
同時にもう片方からも声が上がる。

まさかと思い、其方へと視線を向ければ案の定其処でも、滝夜叉丸と三之助が何やら揉めて居る。勿論亮は驚くしかない。
三木ヱ門と滝夜叉丸の口論は、一度食堂内で目にしていた。
2人は似た者同士だから、反発し合ってしまうのだろう。そして、2人の仲裁役を出来るのはタカ丸さん。と言う人物でなければいけないと。

しかし、まさか三年生と四年生が喧嘩するとは思っても居なかった。


どちらを先に止めるべきか?
両者を見合わせながら更に慌てふためいた亮。そんな亮を知らずにデッドヒートを繰り上げる4人が、長屋前で口論する光景は異様でしか無かった。







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現40-総86

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