謳えない鹿2 | ナノ



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朝起きたら、いつもは隣にいる筈のジュンコが居なかった。
いつもは僕が先に目を覚まし、隣で寝ているジュンコを静かに起こす。それから僕は着替えてからジュンコと共に朝の食堂へと向かう。
これが毎日の日課だった。

だから、目が覚めて居るはずのジュンコが其処から消えているのが瞳に映った瞬間、僕の胸ははちきれそうに膨らんだ。

騒がしく起き上がった僕は寝間着で部屋中を探す。だけど、ジュンコの姿がどこにも見あたらない。

机の下、参考書の間、荷物の中に押し入れの奥深く。

手探りで探し同時にジュンコの名前を呼ぶ。

ジュンコ、どこに居るんだ?出ておいで。今は隠れている暇はないだろう?ほら、朝ご飯の時間だから、一緒に食堂に行こう。

だけど、どれだけ声をかけてもジュンコは姿を現す事はなかった。


もしかして、外に?


部屋を散々散らかしたまま、僕は着替えもせず廊下へと出れば、出会い頭に何か黒い影とぶつかってしまった。
僕は勢い良い飛び出たせいで相手は回避する事も出来ず、真正面からぶつかり大きく後ろへと尻餅をついてしまう。

ビタン!と音を鳴らして同時に聞き覚えのある人物の悲鳴が上がった。



「かっ…数馬!?孫兵?!」


尻餅ついた彼、数馬の隣にいた藤内の慌てる声が僕の耳が拾う。
藤内は混乱した様子で僕と尻餅ついた数馬に、交互に視線をむける。数馬は数馬で自身に一体何が起きたかなんて状況が分からないらしく、頭の上で星がくるくる回っていた。

だけど、今僕が欲しいのは人の声ではない。ジュンコの存在である。

ぶつかった衝撃でよろけそうになる体を踏ん張った僕は、尻餅つく数馬とそれに駆け寄ろうとする藤内の間を駆け抜けた。

ダン!と廊下を蹴った瞬間に後ろで、うわ!と驚く声が2つ同時に上がった。
本来ここでは、友達である2人を優先すべきなのだろうが、今の僕が優先すべきものは人間の友達ではなく、親友のジュンコだ。

廊下の上をバタバタと騒がしく走れば、すれ違い様に同学年の奴らが目を丸く驚く声を上げる。
後ろでは、同じクラスの奴がどうしたんだよ?!孫兵?!と慌てて声をかけてくるが、今はそれに答える時間すら惜しい。

何人もの友人達の間をすれ違い、草履も履かずに僕は庭へと飛び出た。ジュンコは偶に僕から離れ一人で散歩をする時がある。それは突発的でいつの間にか姿をなくしたジュンコに僕は胸が締め付けられる。その度にあちこちとジュンコを探し回る日々が続いている。ジュンコが居なくなるのは基本的に放課後で、委員会がある日の半分は生物委員総出でジュンコ探しだ。
だから安心していたのかも知れない。


ジュンコが朝居なくなる事はない。と………



そう思えば勝手に自身を過信していたのに腹がたつと思ってしまった。
それは、ジュンコの事の全てを分かったつもりでいた自身とまだジュンコに完全に信頼されて居ない。この2つの証拠が叩きつける。
まるで後頭部を強く殴られた様な嫌な痛みが、幻覚で僕にと襲いかかって来る。

じわじわと痛み出す幻の痛みに耐えながら、過呼吸に成りがちの肺に空気が上手く流れ込まない。
足の裏も痛み出し、多分石でも踏みつけたんだろうと、まるで他人事の様に脳の隅っこで冷静に考えた自身がいる。
こんな朝の時間帯。ジュンコだったらどこに居る?
放課後ならばある程度のめぼしい箇所を探せば、ジュンコは見つかる。

だけど、今まで一度も朝に居なかった事がない為、始めたからどんな所を探し出せば良いかなんて分からない。

走れば走る程に酸素が上手く吸えなく、足の裏の痛みが増してくる。
もし、このままジュンコが見つからなければ?

嫌な考えが脳裏を掠めた。





時だった。





明るい色が緑色の中に混じっているのを捉えた。




「(ジュンコ?!)」



僕は走っていた足を止めれば、砂を引きずる音が足元から立ち上がる。
捉えたそれは僕の背丈よりも高い木の上からで、もしかしてジュンコが?!と息を呑んで見上げた。
しかしその先には思っていた存在よりも薄いモノが存在していた。









「(……桜?)」



緑の木々の葉の中から細い桜、と言うより更に濃度が薄い薄桜色が顔を覗かせていた。
しかし、それは儚い花弁と言ったものを身につけてはいない薄桜。しかも、緑に混じるそれは上手く溶け込んでいる様子はない。むしろ、目立っている位だ。
しかし、何故か視線が外れないのだ。
緊急時だと言うのにも関わらずなのに。

風が吹いた。
朝独特の澄んだ、清々しい空気が。ザワザワとなるのか葉が擦れ合う木々の音色で、一緒に靡く薄桜色がどこか幻想的だと僕には見えた。


すると、その長い薄桜色が突如として葉の中へと引っ込んでしまった。しかし間をあける事なくその木から一人の人間が音を立てる事なく降り立つ。

ふわりと空中で揺れた薄桜色はやっぱり綺麗で、酷く鮮明だった。そこで僕はやっとその人が前に一度だけ見かけた事のある五年生だと気が付いた。
彼はしゃがみこんでいた体勢から静かに立ち上がり、僕を見るなりふわりと口元に柔らかい笑みをうかべたのだ。

色づくのも春で、纏う雰囲気すら春で……。何故か足が竦んだ。だけど、五年生の先輩はあなたのお友達ですか?とその高い身長を少しだけ屈めれば、三味線の頭部分から探していた親友が姿を現した。



「ジュンコ!!」



腕を伸ばせばそのまま僕へと移動し、いつもの定位置である首へと巻きついた。
やっと会えた!そう思うだけで、冷め切っていた筈の胸が一気に温まる。良かった。良かった。涙が出そうになった時だった。
先輩は僕へと視線を向けたまま、ごめんなさい。僕のせいです。と謝ってきたのだ。勿論、僕はそれに驚く。何故ですか?と………



『きっと匂いで釣ってしまったのでしょう』

「匂い………ですか?」

笑ったままで先輩は、背中に背負う三味線をコトリと揺らし、これです。と言った。


『普段は布で包んでいるのですが、外してみたらどうか?と言う助言を頂き、外した矢先にこれでしたので……』



薄桜色の先輩は困った様に話す。

匂い?

しかし、僕は何も匂わない。すると、先輩は動物達には敏感ですから、引き寄せてしまったのかも知れません。と、ジュンコへと向き直られば首に巻き付いていた彼女は、その長い胴体をまた先輩へと伸ばしかける。



『すみません、以後あなたの部屋の前は通らない様に気を付けますね。』

僕の不注意でした。そう紡ぐ先輩だったが、僕は逸れを遮る様にいえ!と少し大きな声をだしてしまった。


「逆にジュンコが居なくなったら、先輩の所に一番に向かえば良いって事ですよね?」


僕のその言葉に先輩は驚いたのか、少し口をぽかんと開けている。
驚いてしまったのだろう。だけど、これはきっと先輩のせいじゃない。
染みついてしまっている匂いをどうする事なんて今更出来る問題ではない。それに、初めて先輩を教室の中からジュンコが見つけた時、それがいくら匂いのせいだからといってわざわざ上の階にいるジュンコが反応するだろうか?

そんな理由を無理やりこぎつける自分がよく分からない。

だけど、とりあえずはっきりしたいのは、先輩のせいではない。僕はそう言いたい。
その意味に気が付いたのか、ありがとうございます。と笑う。

口元しか見えない彼の顔。

そんな先輩へと伸びていくジュンコにまた先輩は笑い、腕を伸ばす。

何故か僕は息が止まり、ジュンコと先輩を包み込む世界を、ただ呆然を眺めている事しか無い。











同時に胸の高まりに、僕は気が付く事が出来なかった。













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現5-総86

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