謳えない鹿2 | ナノ



 

『こんばんは先輩』



手に三味線を持ってゆっくりと暗闇から現れたのは、昼間に逃亡劇を起こした本人。亮だ。
彼は五年生の制服を着ている所からして、まだ寝ないのだろう。しかし、こんな夜遅くまでこんな場所で何をして居るのだろうか?
五年生長屋は此処からでは正反対の場所にある。因みに、今私が行こうとした先の廊下からでも五年生長屋へと行く事は出来る。

何だ…。亮か……。
驚いた後の安堵感が私を襲うが、同時に彼との昼間のやりとりが脳裏をよぎった。
途端に私はすぐさま亮へと歩み寄り、その細い肩を掴んだ。



「亮!君ご飯をちゃんと食べてないんだって?!」

五年生にしては細いその肩を掴んで見れば、やはりと言うか予想通りに華奢なものだった。三年生だったと言う事もあるかも知れないが、それにしては筋肉の付き方が他の三年生に比べて少ない。
これもご飯を食べてないからだろう。
そう思うと、成長期の体になんて無茶をさせているのだろうか?と言う疑問が湧く。
もしかしたら彼が居た学園ではそう言った食生活をしていたかも知れないが、此処は忍術学園だ。そんなことをする必要は無いのだ。


「亮、今日の夕御飯ちゃんと食べた?!」

そう聞けば、彼ははい、一応は。と笑って言う。

あの時、逃走劇が終わったのか行った先から彼が尾浜と竹谷の2人に連行されながら戻って来た。
留三郎に手を借りて起き上がったばかりの私は、戻ってきた亮に何故ご飯を食べてないのか聞こうとした。だが急いで走る2人に、留三郎共々ひかれてしまったのだ。ドタバタと騒がしく廊下を逆走する2人と、慌てふためく亮を見送った昼休みである。

あの後、彼はちゃんと食べただろうか?と気が気でなかったが、あの2人が一緒に居た所を見ると夕御飯は無事にたべれたに違いない。

そう。だけど、これからも欠かさず食べる様に。分かったかい?と言い聞かせれば、努力しますと返ってきた。
そこで私は亮の肩に置いていた手を静かにどけた。




そしてやっと自身等を取り囲む現状を思い出せば、自然と沸き立った疑問が言葉として紡がれる。


「君はこんな所で何をして居るんだい?」


夜も既に深い。
いくら此処には先生方や最上級生である忍たまがいるとは言え、稀に侵入者といった部外者が暗闇と共に紛れ込んでくる時がある。
一人でましてや、まだこの学園の建物の配置場所と言った図形を把握仕切れていないであろう彼にとっては、たった一人で長屋から離れたこの場所を歩きまわって居ては危険だろう。


私の問いに亮は持っていた三味線を背中へと回しながら、散歩です。と言う。その間、背中でなにやらゴソゴソとしていた彼だったが、持っていた三味線が肩から下げていた紐にちゃんとくぐり抜けたらしく、手を離せば三味線の頭が背中から顔を覗かせる。


「散歩?こんな時間帯にかい?」

『こんな時間帯だからこその散歩です』


クスクスと笑う彼は自身の口元に手を当て笑う。確かにこの時間帯の気温は、人体に対して温度が適している。
そろそろ夏に入る前と言う事だろう。夜に吹く風がどこか暖かいものだと感じた。


「そうか。でも、あまり遅くまで起きてちゃいけないよ?夜更かしは体の毒だからね」

私は亮に言い聞かせる様に人差し指を立てれば、彼は驚いたらしく口を小さく開ける。多分隠れている前髪の向こう側では目を丸くしているに違いない。
亮は再び口元に笑みを浮かべる。そしてまた努力します。と答えるのだった。


「もし、寝れない時が有ったら私に言うんだよ?ちゃんと調合した安眠剤をあげるから」

『安眠剤ですか』

「そう。まぁ、一時的なものだから長くは服用出来ないしね」


私のその言葉に、亮はその時になったらお願い致します。としか言わない。
そこで、見えない違和感が私を襲う。
何かにつつかれたかの様なこの違和感に、僅かだが眉間に皺が寄る。勿論それに気が付いた亮は、どうされました?と小さく首を傾げるも私は何でもないよ。と笑って返して上げた。


『では、僕はこれで』


綺麗に一礼をした彼は、今私が来たばかりの廊下の方へと向かう。
この先にあるのは医務室で、そのまま廊下を真っ直ぐ歩き続ければいつかは各学年へと別れる廊下につく。きっと亮はその廊下へと向かうのだろう。

私は小さな違和感をすぐさま吹き消し、じゃあね。とだけ返した。

すれ違って行った彼はそのまま真っ直ぐと廊下を進む。私も向かう途中だった為、そちらへと向き直る。
途端に私は思い出した。そういえば、彼とちゃんとした挨拶を交わして居なかった。
私はすぐさま振り返り亮が行った先へと視線を巡らせた。しかし、其処には人一人の姿は居らずまるで始めっから、誰も居なかったかのような雰囲気がそこに有った。


あれ?



「亮?」



先ほどまでいた筈の彼の名前を読んでみた。だけど、返事が返ってくる事はなく。変わりにざわついた風の呻き声がこだまする。
誰もいないその空間が酷く気持ち悪く、いきなり鳥肌が総立ちした事に私は直ぐに翻した。

目指すは自身の部屋。



いまだに後ろでざわめく風が、人間の様に聞こえる。私は早足で廊下を抜けた。





















100805

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