謳えない鹿2 | ナノ



 

「本の一冊位構わないだろう。それに、長次には私から事を伝えておく」


きっと図書委員長殿もいつ戻って来るか分からない本よりも、それを必要としている人物の手に渡った方が何かと安心に違いない。


『しかし、それでは先輩にお手数をかけてしまいます』

構わない。と言った。それでもどこか頑なに拒む様子は大人びた所がある。
その様子に彼の口元が僅かに、綻んだ。


「私が構わないと言っているのだ。」


その言葉に、伏せがちだった亮の顔があがる。
良いんですか?と、うかがう様子はあるものの、身に纏う雰囲気はどこか嬉しそうなものを感じる。

やはり、まだ三年生だった。と言う名残だろう。稀に見せる雰囲気や動作の中に下級生ならではのものを、彼は感じ取る。
上級生へと一気に飛び級したと聞いた時は、どれほど大人びたものを醸し出すかと思ったが……。

よくよく見ると、何故か耳まで赤く色づいて居るのにも気がつく。顔は厚い前髪で表情を閉ざすものの、膝の上に置かれている両手はギュッと握りしめられている。緊張しているのだろうか?しかし、それを悟らせない様に普通を装う亮に、口元の緩みが止まらない。

ふと、伸びた手が真正面に座る薄桜色の髪へと伸びる。
そしてくしゃりと撫でてやれば、彼は驚いた様子で口を僅かに開いてしまう。


「それに、先輩の言う事は聞くものだ」


わかったな?
そう小さく笑って見せれば、亮ははい!と気持ち良い返事を返す。
この学園で生活して居れば、上級生が一体どんな人で性格なのか嫌でも分かる。

彼、六年い組、立花仙蔵。
火器に関しての知識は深く、成績優秀、作法委員長を勤めている。しかし、どんな人間にも癖と言うものはある。
その男。ある生徒の中では冷淡。と呼ばれている事に亮は知らない。
だからだろう。

彼を慕う後輩の数は少ない。しかし、逆に尊敬する後輩は数多い。
尊敬と慕う。では異なる。亮が纏う雰囲気は前者と後者である。それをすぐさま感じ取った彼は、流石は最上級生。と言った所だろう。

其処で思い出した。
委員会の事を。忘れかけていたそれを彼は内心苦笑いを浮かべる。
早く戻らなければさぼりがちな四年生が脱走してしまう。また、土だらけで彼を連れ戻すには骨が折れる。静かに立ち上がる仙蔵に、亮もつられる様に立ち上がる。


「私は委員会の用がある」


彼がそう紡げば、亮は本を持っていた手を後ろで組み小さく笑う。


『そうでしたか。貴重なお時間をお邪魔してしまい、スミマセンでした』

「いや、構わない。私は面白いネタを収穫出来たからな」


企みを抱くその口元の笑みに亮は、小さな疑問符を浮かべる。しかし、そこは追求しないほうが良いのだろう。

薄桜色は部屋から出る前に、本、ありがとうございます。と一礼しその場から立ち去って行った。

足音を立てないように廊下を駆けて行く様子に、抜け目が無いな。と仙蔵は笑う。

編入してきた面白い五年生。
彼は手に持っていた簪をしゃらんと音を鳴らし、自身の部屋の襖を静かに閉じたのだった。


















100731

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現28-総86

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