謳えない鹿2 | ナノ



 

『怒られないのですか?』



一体誰に向けられたものなのか?部屋には亮の他に誰一人としていなかった筈だ。
だからこそ、亮がつぶやいたその言葉は不自然で仕方ないものでしかない。しかし、それは先ほどまでの場合である。


「いつから気づいていた?」

『先輩が廊下の途中で忍び足になった所からです』



手に本を持ったまま振り返った亮。
その視線の先には襖に背を預け、此方に笑いかける一人の生徒だった。
声からして亮が探していた人物ではないのは確か。では、同室者だろう。
前髪越しから覗いたその存在。亮はわずかな隙間からその存在を瞳に映し出した。
同時に本を持っていた手がピクリと揺れ動くも、それをかき消すように亮は小さく動いた。


『潮江先輩の同室者の方ですか?』

「ああ、お前は?」


見ない五年生だな。
そう言う彼に、亮はふわりと柔らかな笑みを浮かべた。


『五年は組摩利支天亮次ノ介と言います』


その言葉に、彼はああ、お前だったか。と楽しそうに笑った。

「あのギンギン野郎をまいた五年生か……」

彼は部屋へと入り自身の机へと向かい、その上に置かれていた小箱の中身を何やら漁る。と言う事は、もう一つが潮江文次郎の机と言う事だろう。

亮は机の上へとノートを置けば、とりあえず安堵のため息がこぼれ落ちる。


「どうやって、文次郎をまいた?」



振り向けば彼はその艶やかな髪を揺らしながら背を向ける。何かを探しているのだろう。
亮は静かに唇を動かした。



『女装しました』


カタカタ鳴っていたその音が止んだ。
そして、此方へと振り向いた彼は面白そうに口元を歪める。

「面白いな。話を聞かせろ」


その場に座り込んだ彼は、亮も座るように促す。
失礼します。と行儀よく正坐して座る亮に、彼は五年生にしては礼儀正しい所があるな。と感心する。


「確か、ペアの相手は小松田さんと聞いていたが?」

『はい。しかし小松田さんは忍術類が出来ない。との事で、いつもの様に座って頂き、実習が終わるまで一緒に事務室にいさせて頂ました』

「なぜ、女装を選んだ?」

『課題内容が六年生から「逃げ延びる」そして方法を限定していなかったので選びました。
学園内には隠し通路と言った物がある。とは聞いてましたが、当時の僕はそれがどこに有るかは知りませんでした。
なので、パートナー相手とバレていない小松田さんと、限りなく女性に見える格好で変装し時間帯ギリギリまで事務室に居ました』

そして結果はご覧の通りだ。
あのギンギン五月蝿い潮江文次郎が、五年生にまかされ後に単位を落とすなんて聞いた時は驚いた。

どんな方法で撒かれたのか?それを聞いても彼は答えてくれはしなかった。
様子から見て肉弾戦ではなかった。では、知略的戦術で?いや、彼はこの学園一忍者していると言われている位だ。そんな男が何年も下である彼に負ける筈ない。

だが、その内容を聞けばなるほど。それならば上手く撒けたに違いない。と、彼は思った。
相手は五年生ペアだと思い込んでいた。それがいけなかったのだろう。
難なく彼の策略にハマってしまったあの男に、これで弄るネタができたな。と思う同時に亮の発想力のある兵法に感心する。

戦術的知識は六年生にも劣らない。
これならば、飛び級してくる理由も理解出来る。では、編入する前の学園には更に戦術に長ける上級生が居るに違いない。
小さな興味が湧く。
飛び級した理由は他にもあるだろう。長ける戦術、知識、兵法。もしかしたらそれらがあるからかも知れない。と。

色々と話を聞いてみたい。


と。



しかし、今自身が部屋に戻ってきた理由もある。

作法委員会で使う道具を無事見つける事ができたのだから、早く委員会に戻らねば後輩達が探しに来てしまう。

そしてふと、亮の座る脇におかれた本が、彼の視線に止まった。確か、それは同室者が図書室から借りた本であるのを思い出す。貸し出し期間をとっくの前に過ぎた筈だが、まだあると言う事はちゃんと返して居なかいのだろう。

また、図書カードが飛んできても知らないぞ。と抱く。そういえば、部屋に戻ってきた時、亮はその本を手に持っていた。


「その本」

『はい?』

「興味があるのか」


促した先に釣られて亮が見る。
そして、はい。と答えた。だが、既に貸し出されているのでしたら、返却されるまで待ちます。と、続けて言う。

「(あのギンギン野郎が今すぐに返しにいくわけない)」

返却日など無視しすっかり忘れる様な男だ。いつ返却されるかなんてわかるものでもない。


「その本、お前に貸そう」

『え?!』


良いんですか!?と嬉しそうに口元を描くが、亮はすぐさま口を閉じ、い…いえ。やっぱり遠慮します。と肩を竦めた。


「何故だ?」

『借りられていると言う事は、まだ読んでいる。と言う事です。それを勝手に拝借する訳には行きません』

それに、図書委員長である中在家先輩にもご迷惑をおかけしてしまいます。

そう告げる亮に彼は目を細める。先ほどの表情は三年生そのものの様に感じたが、今の彼にはそれが打ち消されている。
その様子にふむ。と何か考えさせられる所を感じるが、あえて其処には触れないで置こう。





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