謳えない鹿2 | ナノ



 

背中に背負うのは一つの三味線。

歩く度にカチカチ鳴る音はきっとその三味線からに違いない。

手に持つそれは一冊のノート。そしてそれに挟められた数枚の紙。

ノートには一人の生徒の名前が掛かれており、その文字を瞳に映し出しながら五年生の亮は廊下を進んでいた。

事の始まりは授業を終えて、廊下へと出た時だ。

五年は組の実技の先生に捕まった亮は、とりあえず人気のない所へと移動させられる。

そして話をし、亮からの言葉にそうか。としか返さない。もう、要件が済んだだろう。

と思えば、先生は思い出した様に手元から、そのノートを取り出した。

「序でにこれを届けてくれ」


との事。たまたま近くにはその人物の長屋がある。先生は委員会の準備があり、手が離せない。と言う。

この後、これと言った用事の無い亮は、それに二言で承諾。そして今、その人物の部屋へと向かっている最中だった。

どこまでもまっすぐ伸びる廊下は、終わりが見えない。しかし、ふと薄桜色は気付いた。

此処は来た事がある。と、それもつい最近過ぎる位に。

『(六年生長屋)』


勘右衛門と八左ヱ門から逃げる際に、通った長屋である。
2人に捕縛された後は、なぜ逃げたんだよ!?と八左ヱ門からお叱りの言葉を受けたのは記憶に新しい。

あの時は長屋へと入る廊下には向かわず、まっすぐ向かった事により六年生の彼に捕まってしまった。

まだ入った事のない六年生長屋。
少しドキドキする気持ちを悟られない様に、いつもの様に足音たてる事なく歩く。
しかし、この長屋廊下に入ってからは生徒一人すら気配を感じられない。
気配を悟られない様にする。
それは最上級生である六年生には当たり前な事なのかも知れないが、人一人すらいないこの感じには少し違和感がある。
授業の演習に出て行ったのか?
と、思う亮だが今の時間帯を考えれば、それは異なる。では?もしかして?

そんな考えが脳裏を過ぎた時だった。
一つの部屋の前で、その歩みがピタリと急停止する。
襖は閉じられてはおり中から人の気配と言った物は感じない。不在だろうか?

襖に向けられていた視線を右上へと向ければ、小さな木の板にかかれた二人の名前。此処で間違いは無いようだ。

もしかしたら気配を上手く消しているだけかも知れない。
亮は小さく息を吸い込んだ。


『失礼します。
潮江先輩はいらっしゃいますか?』










返事は無い。




『潮江先輩にノートを届ける様に言われ、持ってきました。』


亮の言葉に返ってくる言葉は無い。
亮が持っているそのノートの持ち主。それは以前、五年生の課題授業で相手となった潮江文次郎本人のものだった。
だが、本人は不在らしく、部屋の中からは物音一つすらしない。
しかし、だからと言って、渡されたこのノートを部屋の前に置いておく訳には行かない。いつ戻って来るか分からない相手を待つ訳に行かないし……。

それこそ、夕食もちゃんと食べるようにと彼等に言われたばかりの亮にすれば、あまり好ましくない選択だ。

では、どうする?

失礼だとわかって居るが、こうするしかない。と亮は襖へと手を伸ばしたのだった。


手を当てられたら襖は静かに開けられ、同時に部屋の中が亮の瞳に映り込む。
二人部屋にして見れば珍しく衝立が無い。いや、衝立は有るのだがそれを使用している様子がないと言う事。
あまり使わないのだろうか?
亮は部屋に入り、小さく失礼します。と呟く。そして部屋の中心へと進み、ぐるりと見回した。
一方は書物と言ったものが机の上に重ねられ、もう一方は巻物そして小さな小箱が積み重なる。

さて、どちらが一体潮江先輩のものだろうか?
机を勝手に漁る訳にも行かず、だからと言って二分の一な確率で適当にノートを置いていくワケにも行かない。

はてさて、どうしたものか?

机の上に彼らしき私物があるのならば置いて帰る事ができるだろうが、潮江文次郎本人と深く関わった事のない亮にすればどちらが本人のものか分からない。

出直すべきだろうか?

考えていた時だ、足の指先にコツンと何かが当たる。
疑問に思った亮の視線が向けられるのは必然的だった。

『本?』



徐にそれを手にした亮。
なんの本だろう?と裏表紙から表紙へと振り返る。すると、そこに綴られるタイトルに瞳が僅かに見開いた。









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