謳えない鹿2 | ナノ



 ▽

場所は食堂。

忍たまにくのたま、そして先生方で賑わう場所の一つであるそこに、それらと言った存在はどこにも見あたらなかった。

時間が時間だからだろう。もうそろそろ午後の授業の鐘がなる。そんな時間帯である。
一つの長机。その上に置かれていたいくつもの定食。数は6つであり、ホカホカと湯気を上げるそれは酷く美味しそうなものだ。
盛り付けに彩り。それ全てが人間の最大欲求の一つ、食を沸き立たせるものであり手を付けるな。と言う方が無理だろう。

しかし、約一名。それを眺めては箸を取ろうとしない忍たまがいる。
薄桜色の髪の毛を後ろで高く束ね、尻尾の様に細い毛先を揺らす。

亮である。


亮はその手のひらを座る自身の膝上に置き、じっと料理を眺めているしかない。これと言ったリアクションを取る様子はないのだ。

そんな彼に隣の彼らはどうするべきか……と悩んでいた。



「嫌いかい?」

『いえ』


だったらさ?そう促す雷蔵に亮は、徐に箸を取った。
その様子を兵助が箸をかじりながら眺め、勘右衛門は目を細めた。
亮は味噌汁の入るお椀を手に取り、唇を着ける寸前でピタリと止まる。仄かに揺れるその湯気にスンと鼻を鳴らす。
そして、やっと口をつけた所で八左ヱ門がご飯へと手を伸ばしたのだった。

おばちゃんの作る料理は相変わらず美味しくて、その箸を次々と他のおかずへと伸ばされていく。

しかし亮は相変わらずマイペースに摘み、ゆっくりと口へと運んでゆく。
一見、行儀が良いと思えるものの、何かが見え隠れする様子に三郎は気付くも、口に出す事はしなかった。

亮が勘右衛門と八左ヱ門に引っ張られる様にやってきた。
皆で手分けして彼を探していた。そして、ある一定時間を過ぎた場合はこの食堂へと集合する事と決めていたのだった。兵助と三郎そして雷蔵は見つける事が出来ず、集合時間予定となりとりあえず食堂へとやってきた。
そして、その後からやってきた三人の格好に驚いたのは言う迄もない。

そんな事を思い出していると、ふと、亮が食べていた定食。その中に自身の好物がある事に気付いた。

僅かな瞬間、それを見つめていた三郎は亮と同じ定食にすれば良かった。と、小さな後悔をし視線を上げた時だ。

亮がにこりと笑う姿が、三郎の瞳に映り込んだ。


『食べられますか?』


亮が差し出して来たそれは、先ほど彼自身が眺めていた料理である。
驚いたと同時に、気づいていたのか?と呟けば、そんなに見つめられていては誰も気付きますよ。と笑う。

そんなに長く見ていた筈はないのだが。そう抱く彼だが、正直な所ありがたい事この上ない。三郎はじゃ、頂くよ。と、隣に座る亮の定食に箸を伸ばした所で、向かいの雷蔵に手を弾かれ止められたのだった。


「三郎!亮君が食べる分がなくなるだろ!」

「しかし、本人が良いと言っているんだから、良いではないか?」

「亮、お前ちゃんと食べないといけないって分かってるだろ?」


薄桜色の隣から呆れた声を上げた八左ヱ門に、亮はアハハ。と笑うだけで、手は三郎へと渡す様におかずの皿を持っている。
勿論、三郎はすぐさまそれを受け取り、頂くよ。と良い、箸をつけた。
それに呆れながら雷蔵が、小さなため息をつく。

その隣で、兵助が勘右衛門から冷や奴を貰い、醤油をかける様子が瞳に映る。
僅かながらの日常的な光景に、雷蔵はどこか安堵し彼へと話しかけた。



「食堂のおばちゃんの料理。亮君は苦手なのかい?」

小魚の油上げ。それを箸で摘んだ雷蔵は、亮へと問いかける。亮は漬け物へと端を伸ばす前で、それをピタリと止めた。

『いえ、むしろ贅沢ですよ』

「贅沢?」

『ご飯にお味噌汁、おかずにお漬け物。バランスよく取れる此方の食事は凄く贅沢ですよ』


その言葉に彼等ははて?と疑問符を浮かべる。一方では三郎がああ、だからか。と言葉を零した。


「肉が主食だったんだよな?」

『よく、覚えてられましたね』

「そりゃ、な」



3日に一度しか肉類意外の物を食べてはいけない。
で、合っていたか?その問いに亮は合っています。と笑う。続ける様に亮は言う。話によれば筋肉を早い段階で着ける為に、肉類を主食として摂取していたみたいです。

亮の言葉には驚くしかない。
向こうの学園での食事。それに耳を疑う。時折、三郎の助言に動物が食べていた食事を奪う事あったらしい。と聞けば尚更だ。しかし、だからと言って、今まで食事を取らなかったと言う理由とは一致しない。
三郎曰わく亮は肉料理が嫌い。らしい。だが、食堂のおばちゃんの作る食事。これを食べない理由と彼の肉料理嫌いでは一致しない。食堂で出る食事は偏る事はない。
ちゃんと野菜、肉、魚と出て来る。



「って事は、既に何かを食べてるのかい?」


勘右衛門の台詞。
その言葉に亮はピクリと眉を揺らす。が、その様子を遮る前髪は厚い。


『よくお分かりになりましたね』


亮は徐に自身の袖の中へと腕を引っ込めた。
何やら制服の中で掠れる音を鳴らした彼は、一度止まってはその手を再び袖から顔を覗かせた。

亮の白い指先には何かが摘まれており、机の上に置かれたそれはコロリと音を鳴らした。
勿論、それが気になる彼等はまじまじと眺め、疑問符を浮かべたのだった。


「兵糧丸?」


八左ヱ門の唇から出たそれ。黒く丸い球体であり、飴玉と同じ位のサイズだ。
箸を加えたまま三郎がそれを摘む。じっと眺めるも、これと言った違和感は無い。


「何で兵糧丸なんて持ってるんだ?」

『僕のご飯です』

「はぃぃ?!」

「何でまた兵糧丸を?これじゃお腹は膨れないでしょう?」

確かに勘右衛門の言う通りだ。これはあくまでも非常食や一時的なものでしか無く、毎日摂取するものではない。
三郎が持っていた兵糧丸を机へと戻せば、亮はそれを再び摘み袖の奥へと戻した。


「兵糧丸で腹がいっぱいだって事か?」

『いえ。お腹は満たされません』

「だよな?だった………」

『しかし、食欲は抑えれますよ?』


食欲。人間の三大欲求の一つであるそれは、どんな人間でも満たさない訳には行かない。
それを満たす為に亮は食べていると言う。しかし、これでこれからの学園生活を生き抜く事は無理に近い。本人はさほど気にはしていないみたいだが、周りからすれば不健康このうえない。

ならば。

と、八左ヱ門が思い立った矢先だ。三郎が再びじっと亮の定食を見つめている姿。
勿論それに気付いた亮は、何も言わずにどうぞ。と再びおかずを渡すのだ。流石にこれ以上三郎におかずを渡していたら、亮が食べる分が減るのは目に見えている。
それでは亮を食堂に連れてきた意味そのものがなくなるのだ。

それは、亮をやっと連れて来る事ができた勘右衛門も同様に思う。三郎、お前な……

そう言いかけた時だった。
視界を何かが過ぎ去った。それはあまりにも早すぎて、瞳に映し出す事ができない。だが、同時に亮の隣に座っていたもう一人の席。そこに座っていた筈の人物が、鈍い悲鳴を上げたと同時に後ろへと倒れる瞬間に目が見開いた。


「三郎?!」



後ろに倒れた彼はバタンと音を鳴らす。そして、あたた!と頭を抑えて起き上がる。すると、同時にべしゃりと音を鳴らしたそれが床へと滴る。
それが一体何なのか?

一度は疑問符が浮かび上がるが、見覚えのあるそれにこれを投げた犯人が一体誰なのか理解できた。


「兵助!お前な!」


名を呼ばれた兵助は、知らぬ顔で自身のおかず一品を手に取り亮のお盆の中へと置いたのだった。その様子に他のメンバーも驚くが亮自身ですらキョトンとして居る。


『あの、久々知さん………』

「亮」

『はい!』



いつもより低い声。いつもの彼ではない雰囲気に、亮はつい裏返った声を出してしまう。

「ご飯はちゃんと食べないといけない」

『は、はい』

「これから実習や演習の授業が増えていく。だから、ご飯はちゃんと食べなきゃ駄目だ」

ほら。私の豆腐をやる。遠慮なく食べろ。そう進めてきた兵助に、亮は小さく笑う。そして、ありがとう御座います。と告げた。持っていた箸で彼から貰った豆腐を掴む。そして口へと含み豆腐の味を噛み締める。


『柔らかいですね。お豆腐』

「そうだな」



のんびりと話す兵助と亮。
しかしその後ろでは三郎がおいぃぃ?!と声を上げていた。

なんとも言えない状況。一体どうすれば良いのかと迷う雷蔵を余所に、とりあえず八左ヱ門は倒れている三郎を起こしに掛かった。

一方はのんびりと一方はギャーギャーと、騒ぎ立てる様子は真逆なものだ。
勘右衛門はついハァとため息をついたのだった。


そして、そろそろ午後の授業を開始する鐘が鳴る頃だ。
そんな考えが脳裏をよぎった時である。どこからともなく、バタバタと騒がしい音が、この食堂内迄遣ってくる。何の音だ?六人揃いも揃って疑問符を浮かべていた時だった。

音を立てる存在が、食堂の入り口前でピタリと止まる。当然、そこに居合わせていた彼等の視線は其処へ釘付けとなり現れた存在に驚いた。


「七松先輩?!」


雷蔵の言葉に、ある3人は更に驚いた。
七松。彼は食堂にいる六人の中に、目当ての人物がいる事にニカリと笑いかけた。

「亮への用事は済んだか?」


その台詞で彼も亮に用があったのだと思い出した。

強引に此方の用事を優先させてしまい、彼にはどこにいるとは告げていない。様子からみるとどうやら彼も、あちこちを探し回ったみたいだ。八左ヱ門ははい。済みました。と告げれば、七松は良かった。とまた笑い腰掛ける亮へと歩み寄った。

丁度、兵助から貰った豆腐へと再び箸を通す所で、彼は亮の肩へと手を起きポンと音を鳴らした。

亮は前髪越しに何だろう?と抱く。




「なぁ、亮」

『何でしょうか?七松先輩』

「私をもう一度蹴り飛ばしてくれ」

















勿論、その場は一瞬にして凍り付いた。





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現23-総86


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