謳えない鹿2 | ナノ



 

ヒュルヒュルと耳元で鳴る風の音は、実習を思い出すかの様に俺の鼓膜を揺るがす。しかし今は実習でも何でもない。
ただ、一人の生徒を追いかけてるだけだど言うのにそれに近い感覚を沸き立たせる理由は、きっと目の前を走る薄桜色の五年生に全く追いつかないせいだろう。
こんなに走って居るのに縮む気配の無い距離は酷く焦れったく、あいつと自身の実力を改めて記された様に見えて仕方ない。

同時に沸き立つのは悔しいと言う感情。
あれで、俺達より年下なんて嘘だろ!と、言いたくなる。








「八!」


名を呼ばれた俺は後ろへと振り向けば、亮を探している人物の一人が追いかけて来たのが見えた。

やはり、い組なだけあるのかその足は早く、全力で走る俺へと直ぐに追い付いてしまった。
隣に並ぶ様に走るソイツは、前を走る亮を視界に捉えながらどうしてこうなったか教えて欲しい。と飽きられてしまった。

俺もよく分からずこんな流れを生み出していた為、はっきりとした理由を言葉で言えない。

良く分からない内にこうなった。

そうとしか言えなかった。

隣に並ぶソイツ、勘右衛門は前を走る亮の背中を眺めながら、やっぱり足早いね、亮君。と苦笑いを浮かべる。

しかし、手分けして探していた筈の勘右衛門が、この広い学園内でよくも俺たちを見つけれたな?と聞けば、どうやら久作の奴がオロオロする様子を発見。理由を聞けば俺たちが走り去った事を教えたらしい。
久作が行き先を告げそれに沿う様に行けば、今度は食満先輩と善法寺先輩2人から情報を得て俺たちへと追いつく事が出来た。

先ほどまではずっと俺一人で亮を追いかけていた為、止める手段が限られていたが勘右衛門と言う心強い存在によりなんとかなりそうだ。


「とりあえず、亮を止めようとクナイを威嚇で投げたけど、あいつ止まんないだよ」

「威嚇でって……八、危険な事をよくもそう………」

「仕方ないだろ?急がないと時間が無くなるし、今だってこうする瞬間すら惜しいのに!」


その通りだった。
昼休みは限られている。その限られた時間帯に起こせる行動に限度もあれば、行う内容にも限度がある。今、こうやって走る原動にすら時間を一つ一つ削られて行き、行えられる内容が狭まっていく。

ならば……。


2人は視線だけを合わせ、目の前を走る薄桜色を視界に捉えた。

尻尾の様に揺れる毛先は不規則に動く。
走る足からは音と言えるものは全く無く、無音でこの速度を走る亮は凄いと思える。僅かに俺達の耳へと届く音と言えるものは、擦れ合う布の音と揺れる度にギシギシ鳴る三味線だ。

あの布の中身が三味線だった。勿論その事について、亮には色々聞いてみたい。
三味線を持っていると言う事は弾けるのだろうか?なんて、今の状況に不釣り合いな疑問を頭の隅っこへと追いやる。

強引だが、遣るしかない。


俺達はそれぞれ自身の懐へと、手を伸ばした。













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