謳えない鹿2 | ナノ



 ▽

忘れてしまえば、それに対して苦しむ必要はない。
忘れられない?仕方ないな。それじゃ、私達の不思議な不思議なおまじないで君のそれを忘れさせてあげよう。
え?拒否権。残念無念。私相手に意味の無い権限です。

いくよ?

ちちんぷいぷい、苦しめるそれを丸ごとポイッと忘れてしまえ〜


















『やぁ、はじめまして。風魔のお兄さん。
え?何故あなたを私が知ってるか?
それは私が××××だからだよ。さて、お兄さん。
この先の道を真っ直ぐお行き。ああ、拒否権は認めないよ?

ほらほら、さっさとお行き。

でないと、今空腹な私は君をペロリと食べかねないのだから』


















先生。

彼は隣に腰掛ける先生へと声をかければ、彼は口に含んでいた求肥を噛み締めながら振り返る。視線だけで理解出来る、何だ?と疑問の矢羽音に聞きたい事が有りまして。と彼は言う。

手に持つ湯のみは暖かくて、両手で包み込む様に収まるそれから感じる暖かさについ目を細めたくなる。

今この瞬間ぼやけていた脳裏がクリアになり、まるで立ち込める霧を払いのけた感覚に近い。
しかし、払い去った後の指先に纏わりつくのは何かの柵(しがらみ)で、それが蜘蛛の糸に見えた瞬間ぞわりと沸き立つ悪寒に背筋が凍てつく。

ギシリと複雑に絡まる糸はまるで、離すまいと逃がすまいと更に絡まり皮膚が悲鳴を上げている様に見えた。


「与四郎」

「!」



どうした?と、心配そうに彼を伺う先生に、彼はいえ。と濁りを帯びる返事を返した。
再び落とした視線の先には湯のみを支える両手があり、先ほどの変な糸が嘘の様に存在していない。
幻?
湯のみを片手へと持ち替えた彼は、開いた片手を小さく動かす。


……………。


あの不思議な感覚はしない。

彼は再び先生へと向き直り、その唇を動かした。




「一つ聞いて良いですか」

「何だ?」

「人間は、食べれるのでしょうか?」



与四郎の問い。その問いに近くにいた下級生である彼が咳き込んだ。
しかし、隣に座る先生は何食わぬ顔で湯のみへと手を伸ばし目の前の街道へと視線を向ける。







「食べれなくもない」

「美味いのですか?」


「さぁ、私は食べた事はない。
何だ?食べてみたいのか」


ならば止めておけ。
静止をかける先生の言葉に彼は何故ですか?と問う。先生は持っていた湯のみをおき、求肥を食べる際に使っていた箸を小さく揺らした。



「まず、血を洗い流すのが面倒だ。僅かに残って居れば、それを口に含んだ人間の血液に拒絶反応を起こしかねない。
次に内臓類。血液もそうだが、動物と違い人間の内臓類の形ははっきりと分かっている為、調理をする際に酷い嫌悪感と嘔吐感が襲う」

「なるほど」

「まだ、兎や狐狸と言う類ならば問題はないが、自身と同じ人間を食べていると思えば、食欲どころではなくなる」


それに、これは噂ではあるが……、と口ごもる先生に、何です?と首を傾げる与四郎に教えるべきだろうか?と疑問を抱くがいつかその日が来るかも知れないと思えば、伝えるべきかも知れないと思える。





「魘(うな)され、幻覚を見るらしい」

「?」

「喰われた人間のな」



夢に現れては喰った人間に呟き続けるらしい。
何て言うかは知らない。だが、それは喰った人間が死ぬまで耳元から離れず、一生付きまとうと言う。


まぁ、本当かは知らない。
所詮噂だが、されど噂。
共食いなどしなければ良い。


「たったそれだけだ」



ふと、先生は湯のみに入っていたお茶が温くなっている事に気が付く。そして茶屋の主人に事を告げれば、奥へと引っ込んでゆくのを見送る。



「………………」





落とされた視線の先。
あるのは自身の掌そして温くなった茶が入る湯のみ。
指先だけ僅かに動かした。

「!」


ピンと何かに釣られるかの様にひきつる指先。
そして見えたのは蜘蛛の様な透明の糸。
遠くで何かが聞こえる。











『××には気を付けなさい。
それは、君を………』











ざわめく木々が葉を散らす。擦れ合う葉の音により、囁くそれが見事にかき消された。




















100720

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