謳えない鹿2 | ナノ



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いつもいつも見かけるその背中は遠く、声を掛けづらい所があった。
風が吹く度に揺れる細い毛先が、まるで猫の尻尾みたいだと思った時がある位に。
背中を過ぎる位の長い髪は此処からみた限りは痛んだ様子はない。ちゃんと手入れをしているのかと思うも、髪の毛を結んでいる部分がモサモサした様に揺れる度にちゃんと櫛で溶いていない証拠だとわかる。

その子はいつも背中に何かを包んだそれを背負っているが、今日は近くの柱に掛けているらしくその背中をやっとこの瞳に映し出す事が出来た。

五年生の制服を着ている彼は兵助君達と比べかなり華奢な体付きである。だけど、彼は元々三年生で飛び級でこの学園へと編入してきたと滝夜叉丸君の話で聞いていた。
なんで飛び級したか迄は知らないらしいけど、彼はきっと私と同じ位に優秀に違いない!と呟いていたのを思い出す。

ゆらゆら揺らぐ薄桜色は周りの色に一切溶け込んで居らず、違和感のある光景だと抱く。

彼は僕が食堂へと朝食を取りに行く度に見かける。
この時間帯になれば丁度出来たの朝ご飯を食べる事が出来る為、忍たまやくのたまの子、先生方も食堂へと向かっている。しかしその子は食堂に行こうとはせず、僕へと背を向け柱に寄りかかる様に立っているだけ。それは此処から遠い廊下に居て、声をかけるにも僕と彼との距離はあまりにも離れ過ぎていた。


偶にいない時があるけど、それは片手で数えきれる位に少ない。

そして、彼は何かするわけも無く、これといって目立った事をしないのだ。



何かあるのかな?



覗きこむ様な形で廊下の上で遠くから身を乗り出しても、其処には白い壁と澄んだ青空しかなくこれといったものは何も見当たらない。

誰かが居るわけもなく、花が咲いている訳でもなくましてや「何か」がある訳でもないのだ。

ただ、柱に背中を預け彼は其処に立っていた。






それから数週間後、朝の食堂へと向かう途中で僕は兵助君と廊下で出会った。丁度兵助君は火薬委員会の内容について話しをしたかったとの事で、食堂へと一緒に向かった。
2人で今後の当番の順番や、新しく入荷するものなどの内容を交わしていた時である。見覚えのある廊下の色の中に混じる不釣り合いな色。


僕はもしかして?と気になりそちらへと視線を送れば、彼をまた同じ所で見つけた。


あの時の様に尻尾みたいな細い髪の毛が、風に弄ばれフワフワと揺らぐのだ。今日の日差しはまぶしくて、彼に注ぐ光は薄桜色の髪を白へと変色させる。それはまるで春に咲き誇り終えた蒲公英の綿毛みたいで、この風に乗ってどこか遠くへと飛んで行きそうだ。
しかし、そう思えば、酷く儚い。
彼に注ぐ日差しがそして、存在が。


「ん?亮じゃないか?」


僕の視線の先に気が付いたのか、隣にいた兵助君が彼の名前を呼んだ。


「亮?」

「あいつの名前。亮」



しかし、何をしてるんだ?首を傾げる兵助君。
やっぱり、彼、亮君は何かをしてる訳でもない。いつもの様に留まっている。ピクリとも動かないその背中に、隣の兵助君が亮、寝ているのか?と小さく呟く。
まぁ、今はまだ朝だから、低血圧な子には眠い時間帯であるのは確かである。

いつもなら、僕が此処でジッと亮君を見つめていたりして居ても彼は微動だにしない。
だけど、今日はちょっと違ったみたい。





「あ、」

「動いた」





石の様に動かなかった今までの亮君だったけど、彼は僅かに動いたのだ。

背を預けていた柱から離れれば、近くに置いていた逸れを手に取る姿が僕達2人の瞳に写り込んだ。
そこで初めて、亮君がいつもかけていた何かが、三味線だったのだと分かった。兵助君もあれ、三味線だったんだな。と呟く。
と言う事は最近になって亮君は、あの布に包まなくなったのだろうと理解できる。

亮君は三味線を背中に回して紐で何やら仕草をすれば、三味線が彼の背からかけられる。そして、何事もなかったかの様に更に向こう側の廊下へと姿を消して行ったのだった。


僕達は逸れをぼーっと眺めていただけ。
だけど、兵助君がきっと食堂に向かったんだろう?私達も行くぞ。と促され、止まっていた足を再び進めた。


其処で僕は兵助君の言葉に疑問を持った。














食堂?












しかし、再び委員会の話しを始めた兵助君の言葉により、僕の小さな疑問は直ぐに打ち消されてしまった。




100630

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