謳えない鹿2 | ナノ



 

布同時がこすれる僅かな音がする。同時に懐から抜き出されたクナイを掴む手には、それぞれ二本ずつ指の間から顔を覗かせる。
刃先は鋭く、毎日欠かさず磨いて居るのが分かる。

伊作は片手に納めるクナイ二本を、走る亮の直ぐ足元へと投げる。
八左ヱ門とは違い、それは直ぐに亮の足の先へと刺さる。しかし、怯む様子のない所を見るとこれが警告だと、端っから当てる気のないものだと分かっていた様子だ。
伊作はすぐさま駆け出し、亮との距離を詰めた。もう片手に残るクナイ二本を両手に持ち替る。
狙うは胴。クナイはあくまでも見せかけであり、肘で腹部に重い一撃を食らわせれば足止めになる。

それが狙い。


だった。

しかし……



「うっわ!!」




彼の不運はどこまでも不運らしい。

カッコ良く駆け出した彼だったが、何もない筈の廊下で彼は前のめりに盛大に転けた。
勿論それを後ろからスタンバイしていた彼も驚き、直ぐ目の前に居た亮も目を丸くしたに違いない。

自身へと倒れてくる六年生。此処は本来彼を助けるべきだろうが、直ぐ後ろには八左ヱ門が追ってくる。選択は2つに一つ。この状況で選ぶべき選択は……。




『先輩、失礼します』



口元に笑みを浮かべた亮は、前のめりになる伊作へと三味線を持っていない片手を伸ばした。そして、倒れようとする最中の伊作の左肩へと手を当てれば一気に力を込めたのだった。


「え?!ちょっ!!」


自身の今の体勢からこの力具合から言えば、結果的にどうなるかが目に見えている。
倒れようとする体勢の中、上から新たな力で押しのけられる。まぁ、そうなれば誰でも分かるだろう。

瞳に映り込んだ床は目の前へとやって来ては、瞬時に真っ暗闇と化す。
そしてベシャリ!と痛々しい音を鳴らした。

転ぶ伊作をジャンプ台とした亮は僅かに宙に浮く。そして、伊作が床と接吻をした頃に廊下へと足を付け、再び走り出したのは同時だった。
痛々しい音を立てたそれはきっと皮膚と床が衝突した音。聞いているこっちが何故か痛く感じてしまう。

しかし、伊作の後ろにもう一人居る事をお忘れでは無いか?






「伊作、お前こんな時にもかよ?」




呆れる食満の声。しかし、2人がどうしても止めようとする彼を自身が止めない訳が無い。
仕方ないと零す食満は廊下の真ん中に陣取り、亮が向かってくるのを待つ。

先手を打つも亮にすんなり予測されてしまう。ならば、相手に先手を打たせ此方から機会を窺えばよい。

軽く足を開き感覚を掴む様に立った食満の姿。しかしそれでも亮は笑みを浮かべたままだった。




『先輩、足元失礼します』

「は?」



直ぐ目の前に居た筈の薄桜色の五年生が姿を消した。
急に姿を消した五年生に驚いた食満。
しかし僅かな残像が視界の下で捉えた。同時に走った時に生まれる風が、自身の足元から生まれた。

まさか?!

すぐさま後ろへと振り向けば、自身の足元から滑り出てくる背中が瞳に映り込んでいた。




嘘だろう?!




己の目を疑った。


亮は滑り込んでいた体制から直ぐに起き上がり、再び走り出す。亮が食満と接触せずに回避した方法。
簡単な事である。食満が開いた足の隙間へと滑り込んだだけである。
シンプルな方法で回避。しかも五年生が体格の近い六年生の足元を潜る、と言う発想が無かった為食満は驚くしかない。

だが、現に薄桜色の彼はそれで回避した。

驚いて唖然とする。

そんな食満の脇を八左ヱ門が追い抜き、亮!いい加減に止まれぇ!と声を荒げる。

先ほどと同様に騒がしく廊下を走り去る2人の背中を、食満は呆然と見送る事しか出来なかった。
しかし、ハッと思い出したかの様に、伊作の方へと振り返れば顔面を強打したらしく痛みに悶絶していた。
世話が焼ける同室者だ。
とりあえず追いかけっこをする五年生を放って置き、痛みで転げる友人を起こしにかかった。























100715

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