謳えない鹿2 | ナノ



 

誰かに名を呼ばれた。

それは囁く位にか聞こえなくでも確かに自分に向けられたものだって確信した僕は、周りを見渡せば其処は五年生の長屋だと分かった。
いつの間にかこんな所に来ていたのだろうと思えば、また名を呼ばれた。
1日の授業を全て終えた今、厠に行き無事に用を足すことが出来た僕だったが何故か、帰るべき教室に戻る事が出来なかった。
あっちだこっちだと歩き回って居たら、いつの間にか外に出て五年生の長屋近くにいたらしい。

そんな中、それは誰の声なのかと理解し、同時に長屋前の廊下に立つ先輩の姿が見える。


「亮先輩!」



先輩は僕へと手を振ってはニコニコしていた。
初めは誰か分からなかったが、薄桜色を靡かせ肩から顔を覗かせる三味線に彼だと分かり僕は直ぐに走りよれば、廊下の上でしゃがみ込んだ先輩と向き合う。何で亮先輩が居るんだ?と言う疑問が湧いたが、そういえば此処って五年生長屋だった事を思い出した。

だけど、それと一緒に湧いたのは以前食堂での事、亮先輩が声をかけてきてくれたのが嬉しくて綻んでいた口元
が消えていくのが分かった。
それを見たんだろう亮先輩がまた笑ったのが見えた。



『僕、神崎さんに謝りたかったんです』

「?」


そう言った亮先輩はしゃがんだまま頭を下げるもんだから、僕はびっくりして慌てた。


『せっかく勉強会に誘って頂いたと言うのに、僕はそれを無視してしまった』

はっきりと言った言葉で断りも、お願いもせず曖昧にはぐらかしたままその場から立ち去った。

『本当にごめんなさい』
更に頭を深く下げた先輩。慌てていた僕の頭の中が更に混乱して、訳が分からなくなった。

鉢屋先輩から聞いた亮先輩がは組と上手く行ってないと聞いた僕は、自身に何か出来ないかと作兵衛と三之助に相談した。だが、亮自身も色々と考え悩んでいる筈だから、鉢屋先輩の言葉に従うべきだと。
だから、その通りに従った僕は亮君を遠巻きに見つけた時には声をかけなかった。
二年生の川西左近や四年生の先輩方と話しする姿を見て、何も出来ないのだと悔しく思えた時があった。
でも、こうやって、話しが出来た。


「謝らないで下さい!!先輩にだって、色々あっての事だと僕分かってますから!」


その言葉を聞いた亮先輩がゆっくりと顔を上げれば、どこか申し訳無さそうな雰囲気を醸し出す目の前の先輩に口元が緩む。


「僕こそ気が付かずに無理に誘うとしてましたし……スミマセンでした」


今度は僕が謝る。なんだかお互い謝って居るのが可笑しくて、亮先輩がまた笑っていたのが嬉しく感じた。
僕は空いている先輩の隣へと腰掛ければ、釣られて先輩も座り込んだのが見える。



『でも、本当は誘って頂いた時は嬉しかったんですよ』

「本当ですか?!」

『はい』


しかし、その時の亮は、自身に何かをしてくれる。あげる。と言う行為を迷惑ながらの行動と考えていた為に、その好意を断ってしまった。だが、逆に胸の内ではそれが嬉しくて仕方なかった。
勿論これを神崎左門が知る事は無い。








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