謳えない鹿2 | ナノ



 

其処で久作の口がピタリと止まった。
どうやら医務室内を徐々に満たしていく重い空気に気づいたらしく、途端に背中に吹き出した汗が静かに伝っていくのが分かる。
重い空気を放って居るのは久作の隣、そして亮の向かいに居る存在からだ。

勿論これに亮自身もひくりと口端をひきつらせ、その重々しい空気がどんなものかと理解し危険を察知している。

久作は自身が余計な事を言ってしまったのだと気付き亮へと謝罪の言葉を心の中で何回も唱え、同時にこの場から一足先に出なければヤバいと感づいた。



「あ…えっと!とりあえず左近っ!明日の座学の授業は実技に変更って事を伝えに来たんだ!」

「分かった」

「じっ…じゃあ!俺は行くよ!確かに伝えたからな!」

『でしたら僕も……』


と、久作と同時に立ち上がった亮だったが、同時に伸ばされたその手に捕まり亮は再び口端が引きつった。



「先輩。どこに行くんですか?」



正に効果音を付けるのならばゴゴゴゴ!
そして浮かべていたのは笑みながらも、影を酷く帯びている左近の顔に薄桜色は苦笑いする。





『か、川西さん。笑顔が黒いですよ?』

「誰のせいだと思いで?!!」





突如として吠えた友人にとばっちりを食らう前に医務室から出た久作。正に飛ぶ如くに医務室から抜け出した彼は、慌てて部屋の扉を閉めた。

同時に室内から先輩を叱りだした左近のお説教に、久作は耳を塞ぐ。



〈先輩何やってるんですか?!傷跡にも無関心だけでなくご飯を食べてない?!あなたそれでも上級生ですか?!〉

《川西さんっおおち着いてくだ……》

〈こうさせたのは先輩のせいでしょう?!
只でさえ五年生は実技が多く怪我もしやすい学年なのに、ご飯も食べないで授業なんて受けたら貧血起こすじゃないですか?!実技の授業中倒れたどうするのですか?!怪我とかじゃ済まないんですよ?!分かってるんですか?!あなたと言う人はぁぁぁ!!〉



彼の説教が長い事を久作は知っている。
彼自身も怪我をし放置して悪化した時には、左近の説教を永遠と受けた経験がある。
その日だったり内容により説教の度合いは変わるが、今回はいつもより長いに違いない。

ぎゃんぎゃんと吠える説教と混じったたじろぐ二つの声を背に浴び、久作は忍足でその場から去った。
その胸の内には、余計な事を言ってしまった。と、お詫びがてら亮にお団子でも奢ろうと久作は誓ったのだった。



























101005

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現78-総86

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