謳えない鹿2 | ナノ



 

だが、そう言った意味を深く理解していないのだろう。

亮が紡いだ言葉を一言一句も聞き漏らさなかった目の前に座る二年生、川西左近のこめかみがピクリと動いたのに薄桜色は気付いてしまった。

その時に亮は、余計な事を言ってしまった。と気づく。
こめかみには徐々に怒りを表す筋が浮かびあがり、これは直ぐになんとかしなければ……。
そう思い、かける言葉を探していた時だった。

襖の向こうにゆっくりと現れた気配。同時に亮が部屋を閉める襖へて首を傾ければ、後を追うように左近の視線が向けられる。
そして、少しばかり間を置いてから浮かび上がった影に、左近は驚いた。
だが、影はそんな事など知らずそして一言も掛けずに襖を突然開けたのだった。



「あ、居た」

「久作!」



襖を開けて現れたのは同じい組の久作だった。
しかしその久作はいきなり自身の名を呼び驚いた様子で、自身を見上げる友人に逆に驚いている。

「お前、入ってくる時は一声掛けろよ!」

「ごめんごめん。今回の当番は左近だけって聞いてたからつい……」


あはは。と苦笑いする友人に全く……。と呟く左近の台詞を聞き流した久作だが、その視界の中に亮が居ると気が付けば、彼は左近以上に驚いた声を上げた。


「亮先輩!?」


どうして医務室に?!どこか怪我でも?!と、慌ただしく亮へと詰め寄ってきた。
勿論それに驚いた亮と左近だが、変わらない笑みを浮かべた薄桜色が違いますよ。と言ってやれば、久作は安堵の溜め息をこぼしたのだった。


「驚きました……。また何か無理したんじゃないかと思いましたよ」

「無理?」


直ぐ近くに座っていた左近の疑問を含んだ声が挙がる。同時に亮自身も何かしただろうかと考えるも、当てはまる節が見つからない。
そんな亮に気が付いて居ないのか、久作は何事もない様に左近へと振り返った。



「不破先輩から聞いたんだよ。
亮先輩、ずっとご飯食べて居なかった。て…」

「?!」『?!』




勿論これに驚いたのは左近と亮本人の二人だ。


「亮先輩と初めてお話した時に五年ろ組の竹谷先輩がいきなり現れてさ、そしたら亮先輩ったら何故か逃げ出し……」

そして其処からは知っての通り亮と八左ヱ門との鬼ごっこ。後から加わった勘右衛門そして何故か其処に居合わせた六年の七松小平太により捕縛される。
だが、その時は何故追われているかわからない亮を勘右衛門と八左ヱ門の二人がかりで引き摺る様子を、未だに唖然としていた久作が目撃していたのだ。

勿論引きずられていく亮と引っ張る2人の先輩方の形相は凄く、その時ばかりは理由を聞こうにも聞こえなかった。

だが、後日。
気になった久作は同じ図書委員である不破雷蔵にそんな事があったと伝えれば、彼はああやっぱり……。と、どこか困ったように笑って答えたのだ。
「亮君ね、ご飯ずっと食べて居なかったんだ」
それを知ってみんなで探していたんだけどさ、多分その時だと思うよ。




「って不破先輩が言ってて…………」








>

prev / next

現77-総86

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -