謳えない鹿2 | ナノ



 



一難去ってまた一難。

この学園で過ごしてきた忍たま達にはもはや意味のない言葉であり、それに対する耐性が付いて来ている為に学園を揺るがす程の大きな事件が無ければ、それ程騒ぎ立てるものでは無い。

勿論それはこの学園に編入し夏を告げるかの様に日の出が早くなったこの季節、少しばかりは忍術学園に慣れてきたであろう薄桜色も耐性が付いてきたのではないかと思われていた。

編入してきた当日はいきなり組み手の授業を行い、様々な人と出会い同時に新たな騒動に巻き込まれる。そして、その先に見いだされた答えにより編入生は徐々ではあるものの、その騒ぎに驚く事は無くなった。

と言ってみたいものだった。













「…………」




黒い瞳を真正面から受けて起きながら気まずいと、言いたい所だがこの流れを生み出したのは結局の所亮自身なのだ。
幼い子供独占の丸い瞳はこの時ばかり糸の様に細められ、じろじろと亮を否、亮の頬を見つめる。

上に行ったと思えば次は右斜めへとスライドされ、その位置から横へと動いたのを最後に小さな唇が動いた。



「傷、本当に完治したんですね」



直ぐ目の前まで迫っていた筈の彼の顔は言葉を紡いだと同時に離れていった。そして自身の定位置へと戻れば安堵の溜め息をこぼしたのだ。


『そんなに気になるものですか?』

なんて言いながら自身の頬を撫でれば、指先に感じる筈の凸凹感が無い事から負っていた傷は姿を消えていったらしい。

「当たり前ですよ!前回はしっかりと確認出来ませんでしたからね」


亮と左近が居る其処は医務室。
傷を負った学園の生徒並びに先生方もお世話になるその一室の真ん中で、二人は向き合う様に座っていた。

今日は保健委員の当番で授業を休んでいた左近だったが、外に干していた薬草の様子を見る為に医務室から出た矢先に亮と出会ったのだ。

左近は廊下を移動中の亮を見つけた。
先日も亮の後ろ姿を見かけ声をかけたばかり。
その内容が以前気にしていた頬の傷であり、それを亮は完治したと言っていた。
しかし、左近は保健委員会。と言う事もある為、この目でちゃんと確認しなくてはいけないと言う不思議な決意があったみたいだ。

あの時は見上げるだけで本人の言う言葉を信じていたが以前に亮の擦り傷の治療をした際に痛みに対し普段通りの口調だった為、左近の中では傷に無関心な先輩と変換され危なっかしい。と放っては置けなく成っていた。

故に左近は亮を無理やりに保健室へと連れ込んで、今に至ると言う事だ。


「傷跡も無い様ですし、安心しました」

『跡があると不味いでしょうか?』

「そりゃ不味いですよ。古傷となったら突然傷み出したり、疼いたりと大変なんですよ?」

『しかし、傷跡は名誉あるものだと聞いています』

なので僕は、さほど気にしません。
と薄桜色は告げる。

忍たまとして今まで生きてきたその中で負った傷の数なんて覚えている訳が無い。
そして、その傷の中には深手と言う物も当然含まれている物であり、それにより瀕死迄に追いやられたり同時に決して癒える事のない傷跡をこの体に刻んでいる。

亮の性別は女である。故に子孫を家系の繁栄の要である女性の体に傷なんて、今の御時世はよしとはしないのだ。
どれだけきれいに着飾り美しいと思えた女性であろうが、傷だらけの痛んだ肉体を持っていると知ったら嫁の貰い手がなくなる。
つまりそれは、その女性の家系を潰しかねないと言う話しまでに至ってしまう。

だから本来で言うなれば女である亮の体に掘られた傷跡など、この時代では痛んだものとし相手をしない。
だが、それでも亮は言った。『名誉』だと。

忍たまとして今の瞬間まで生きて来れた証でもあるのだ。







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