謳えない鹿2 | ナノ



 

ここ最近、ずっと聞いてなかった薄桜色の声だった。
驚いた彼はすぐさま自身の隣へと振り返れば、其処には向かい合う形で座り込んだ映えた色。

亮であった。

まさか、こんなに早くも来るとは思わなかった彼は目を丸くするも、綺麗に正座する亮に釣られてか同様に向かい合い背筋をビシッと伸ばした。


『………』

「………」


お互いに向かうも決して声を出そうとしない両者。
飛び交っていた筈の声はいつの間にか消え、五年は組を静粛が覆い尽くしていた。
チラリと向かいに居る亮へと視線を上げれば、唇を閉め塞ぎ込んでいるのが分かった。
手のひらは膝の上に置かれており、その手に力が込められているのが見えた。






「(あ……)」








ストンと音を立てて落ちたそれが一体何なのか分からない。
だけど、逆に瞳に映り込んだ亮の姿に何かが分かった様な気がして胸がざわついた。







『酷い事したって、理解してました』

「……」

『何度も話しかけて貰って、何度も一緒に行こうって声をかけてくれて』

「……」

『それを無視して、突き放して』



でも、それでも気に掛けてくれて、それでも嫌いになってくれなくて……


『これ以上、迷惑を掛けない方法を探して、考えて……』

「その方法が、避ける事」

『………』



やっと零れた言葉を吐けば、何故が胸辺りが痛み出した。
ズキズキとしていて、でもそれに触れる事が出来ない痛み。
直す方法である塗り薬や飲み薬では決して治らないその痛み。亮の言葉一つ一つ紡がれそれが耳へと入ってくる度に痛みは悲鳴を上げる。

『でも……』


紡がれる筈の言葉が途切れる。
周囲から集まる視線が痛かった。その視線に含まれる感情がどういったものかなんて亮には分からない。
でも、やはり言葉は続かなく、まるで喉の奥底で出るのを躊躇うかのようにも見えた。


彼がは組へと行ってきたその行為は、彼らをこれ以上困らせないが為の事だった。
何故、そう思ったかの真相など亮の目の前に居る彼やは組の皆が知るわけがない。しかし、亮が行った『避ける事』がこの瞬間にどこか幼く幼稚に見えてしまったのだ。

実技と言った身体的能力が高いと見た亮だが、逆に人間関係と言った物にはどうやら疎いらしい。
それは亮自身の性格からか、はたまた今や廃校となってしまった学園で過ごしてきた日常からか、なんて分かりやしない。

だが、一つだけ言えるのは、亮がは組を思ってしてきた行為では有るのは確か。と言う事だ。




静まり返った教室内にまたため息が零れた。
そのため息を真正面から聞いた亮はいつも落ち着いた態度とは対照的に、びくりと肩を揺らしたのが見えた。









「許すと思ってたか?」

『………』



にじみ出たのは殺気。
じわじわと地面から這い上がるように吹き出したその殺気に、先ほど肩を揺らした様な仕草と事なり亮は落ち着いていた。
それでも続ける彼の言葉と、殺気に注目していたは組の皆がどよめいた。



「理由も分からず、話しも聞けず、お前は勝手に自分の判断で俺達を遠ざけ無視をした」

『………』

「まだお前が編入して間もないけど、今までずっと俺達はお前の隣に居て笑っていた……」

なのにも関わらず、勝手に自己判断したその考えで俺達を突き放した時、俺達がどれだけ悲しんだか知ってるか?


這い上がるってくる。
足を伝い、膝を伝い、手を伝い、腕を伝い……
これが彼の怒りである。
亮が関わらないようにと遠ざけ、それに傷付き悲しみ同時に何故だと止まる事の無かった怒り。
まるで、下から凍てついていく様な錯覚に亮は前髪の向こうに潜む瞳を閉じてやりたかった。でも、そんなことなどして言い訳がない。

彼を怒らせてしまったのは誰でもない自分で、その怒りを浴びなくてなんとする?

どれだけ身体を鍛え痛みに耐え抜いてきたとは言え、言葉と言う物理的でないこの透明な刃を受け止める覚悟が無くてどうする。

真正面から受けとめなくてはいけないのだ。






彼らの悲鳴を。




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