自身が映し出す視野の全てを世界と言うのならば、どんなに狭苦しいものだろうか?
決まった時間帯に起き、決まった時間帯までに学園の校舎内へと入る。決まった時間割の教科を決まった時間内に勉強し、短い昼休みを迎え再び授業。そして委員会。
こんな繰り返される日常を《世界》と言うには窮屈だと思う。本来の世界はテレビの中にしか映し出される事しか出来ず、実況者の言う「世界は広いですね!」と感動紛いな台詞に、共感する事すら無い。
何が世界で、何がちっぽけなのか?
それすら理解出来ない頭の中で、世界はつまらないものだ。なんて言う資格は無いのかも知れない。
だけど、俺は言う。
「つまらない世界」だと。
故に、葬送
=A Saburo viewpoint=
(三郎視点)
「只今〜」
寮へと帰宅した途端にまるで今までの疲労が待ってましたと言わんばかりに背中にのしかかる。
授業で使う教科書に参考書、ジャージと言ったいろんな物が詰まるエナメルの鞄は只でさえ重いのに、見えない疲労が更に追加されたかの様なこの感覚は繰り返されるも慣れる事は無い。
靴を脱ぎ捨て玄関に散らかせば、後で帰って来るだろう従兄弟の雷蔵に怒られるに違いない。
仕方ない。
雷蔵の説教は長いからな。私は重い鞄を床に起き腰を曲げては靴を綺麗に整頓する。
うん、これでOK。
直ぐに立ち上がったのがまずかったのか、小さな立ち眩みがするも問題は無い。
重い鞄を再び肩へと掛け廊下を進めば、扉の向こう側からテレビの音がする。こんな時間帯に入っているテレビなんてつまらないニュース報道か、子供向けのアニメしかないだろう。誰だろうか?ニュースならば立花先輩か兵助辺りが見そうだが、この2人は委員会でいつも遅い。
なら?
俺は鞄を支えていない片方の手でドアノブを回す。
硝子越しの淡い向こう側が、鮮明に瞳へと映り込んだ。
「あ、三郎おかえりー」
ソファー越しに振り返ったのは同級生の八左ヱ門。学園の指定な制服を着ている様子からして、帰ってきたばかりなんだろう。と、同時に、その隣に座る人物が同様に振り向いて笑った。
「随分遅かったな?鉢屋」
「食満先輩、何してるんすか………」
「私も居るぞ!」
「七松先輩迄………」
男3人でソファーに腰掛け、テレビに向かう姿は酷く滑稽で仕方ない。
しかし、何でまたこの組み合わせで?
気になった私は八左ヱ門に何か有るのか?と、身を乗り出せば「ほら、これ」とテレビへと指差したのだった。
「?」
最近地デジ対応になったばかりの薄型テレビ。相変わらず画像の映りがよくて、大画面で皆はよくテレビのチャンネル争いをする。
そんなテレビに向けられた俺の瞳には、アニメが映りだされ無意識に眉間に皺が寄った。
「八左ヱ門………」
その歳で、しかもアニメって………
すると、俺の意図に気付いたらしい八左ヱ門が誤解するなよ!と慌ただしく手を降った。
「誤解するなよ!後輩から聞いたんだよ!」
「後輩?」
八左ヱ門が所属する委員会は年下の後輩が主で、唯一近い学年と言えば蛇を常に連れ歩く孫平くらいだ。
「後輩が今夢中になってるアニメがあるらしくて、どんな物か興味があってな……」それが、このアニメと言う訳か。
このアニメは確か私たちが小学生の頃から続いている懐かしいアニメだ。
何年もずっと続くアニメなんて早々無い為に、未だに入っているこのアニメの人気に感心する。
しかし、食満先輩と七松先輩が一緒に見る理由が分からない。
八左ヱ門に聞けば食満先輩はこいつと同様に、後輩達が夢中だと聞き七松先輩は何故か同じ学科の女子達の会話にこのアニメが話題で出たのに気になったらしい。
全く。3人で一体何をして居るのか。
そういえば、前のニュースで最近の女性は歴史巡りをする。と言う流行が流行って居るらしい。確か、歴女と言われているみたいだが詳しくは知らない。
ふと、思い出す。
俺たちのクラスはレポートが出されていた。
勿論それは、同じクラスである八左ヱ門も同様であり、早く片付けないと明日地獄を見るのは目に見えていた。
「八左ヱ門、レポートは?」
「これ見たら遣るよ」
テレビから視線を外す事無く、俺へと投げられた台詞。
そんなに面白いのか?と、俺も視線を向ければぱっつんに切られた不揃いな髪の毛を揺らすキャラクターが、黒い装束を着ている忍者(だよな)と対峙している。後ろでは走り去る幼い子供が3人森の中へと消えていくシーンだった。
まぁ、この後の展開なんて分かりやすい。
いくつか交戦し、追い込まれたその瞬間に仲間がそのぱっつんの子を助けにくるのだろう。
見え透いた展開に俺はつまらないじゃないかと呟き、自身へと向かう階段へと行こうとした時だった。
近くの小さな金魚鉢が一瞬パチリと黄金色に輝く。
ああテレビに反射したのだろう。
さて、さっきとレポートを終わらせよう。止まりかけていた足を進めた。
カツン。
何かが直ぐ目の前を横切ったのだった。
誰だよ。物投げた奴。
俺は徐に壁へと視線を向けるも、瞬時に固まってしまった。
同時に後ろの3人が居る場所から悲鳴と、盛大に物が壊れる音が鼓膜を揺るがした。
混乱する頭の中、すぐさま振り向いた先には見慣れないひとりの背中。そして、部屋の壁際に背を預ける食満先輩と七松先輩。2人の目は今まで見た事の無いくらいに見開き、着ている服には赤黒い跡がいくつか着いていた。一方八左ヱ門は2人の直ぐ足元に横たわりぐったりとし、意識が無いのだと遠目でもわかる。そんな八左ヱ門を2人の先輩が庇う様に腕を伸ばす姿勢を取っていた。
そしてもう一人。
3人に背を預けポタポタと滴る銀色を持つ一人の人物が立っていた。短い髪の毛から初め男だと思ったが、体つきからみてどうやら女らしい。しかし彼女が着ている装束の半分以上が赤黒く、今になって鉄臭いその臭いに嗅覚が悲鳴を上げた。
ウッ!と込み上げる何かを堪える様に鼻を押さえれば、重い鞄がドサリと床に落ちた。
「!」
「……っひ!!」
私に背を向けていたそれが此方へと振り向く。
向けられた瞳は今まで見たことのない位にギラギラしていて、視線が合った私の足が一気に竦んだ。
崩れ落ちそうになる足をなんとか踏ん張るも、動く事が出来ない。
私を見ていたそいつが、僅かに八左ヱ門達の前に立つ彼女へと向けられた。
笑った様な気がした。
刹那、空気をビュン!と引き裂く音を耳が拾う。瞬きを一回しただけなのに、少し離れて居た外すのそいつが私へと襲いかかって来たのが分かる。
伸ばされた腕が私の肩を鷲掴みし、ギシリと悲鳴を上げた。あまりの痛みに私はうああ!!と叫んでしまう。骨に指先が食い込むかの様なその痛みに、涙が込み上げる。
そして、首に腕を回され先ほどまで普通に出来ていた呼吸が出来なくなる。ぐっと下から押し上げられれば体が僅かに浮き、足元が不安定な状態へ。急な圧迫により一気に酸素が吸えなくなった脳はぼんやりとし、ヒュルリと虚しく鳴る自身の喉が酷く情けない。酸素を急激に取り込めなくなった体は言う事を聞かず、喉を圧迫する何かにしがみつく余裕すら無い。
遠くで何かが交わされる。
しかしそれは私の耳に入る所か、次第に思考や視野がぼんやりとしていくのが分かる。
遠くでは私の名を呼ぶ声が聞こえるが、それが誰かは分からない。
同時だ。
視界の隅っこでギラリと光る何かが眩しくて、つい目を瞑ってしまった。
ヒュン!!と、まるで空へと投げる紙飛行機の様な音が耳元からした。
それが何か分からない。しかし、自身に危害を加える何かだと悟った時には、私の人生此処で終わったな。なんて、どこか冷静に考えて居た。
だが、ぐしゃ!と酷く生々しい音が聞こえ、同時に暖かい水が私の頬へと降り注ぐ。
そして、浮いて居た筈の体は重力に従う様に地へと落ちて行く。バン!と盛大に落ちた私は膝が床に当たりかなり痛い。そして急に入り込んできた酸素が冷たく感じ、喉仏がヒリヒリする。
「ゴホッ!ゴホッ!………ッェ!」
あまりの痛さに涙がこぼれ落ちる。
朧気だった視界がだんだんとクリアになって来る中、目の前の黒い影が何やら蠢く。
だが、私の直ぐ目の前に居る影が横へと大きく一閃を描いた瞬間に、丸い影が高らかに弧を描く。
そしてそれはクルクルリと宙をさまよい、ベシャ!と床へと落ち数回程転がった。
それが一体何なのかは分からないが、同時に何かが大きく揺れ床へと倒れる。私の目の前に居た影はすぐさま振り向き、濡れたその暖かな手のひらで私の肩を揺らす。
大丈夫。意識位私はありますよ。
しかし台詞が出て来ない。
喉がまだ痛むからだろう。ヒュウヒュウと零れる空気に、影は安堵した様子。しかし、直ぐに何かか空気を引き裂き、目の前の影は後ろの壁へと追いやられてしまう。
同時に痛々しい叫び声と何かが食い込む音が生まれた。
そして、それが分からない私の頭上を新たに何かが過ぎ去り、再び盛大な音が室内へと鳴り響く。
其処で部屋は静粛にやっと包まれた。
遠きでは、先輩達の声が。混じる様にパチパチと鳴る電気音。
そして今にも消えそうなかすれた呼吸音を拾い上げた私は、世界からログアウトした。
了
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※解説
落乱世界(アニメ)のキャラクターである夢主が、現代に逆トリップをしたら。と言うお話でした。
初めは連載予定でしたが、残念な事にお蔵行きとなりました。