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その噂は一気に広まった。

男の子が我が大川女子学園に編入して来る。
と言う噂。
私達が通う大川女子学園は県内でもtopを行くお金持ち学園で、同時に入学倍率が日本1とまで言われている位に競争率の激しい学園なのだ。
お金もそうだが、何より生徒自身が持つ能力をとことん見極めてから試験を受けさせるこの学園には、普通の人が入る事は不可能に近い。
能力と言ってもよく分からないがこの学園の長である、学園長が直々に生徒と対面し会話し隠れた又は秘めたる何かを見出した者だけが入学出来る。
様は隠れた原石発掘。と言う訳だ。

勿論、それなりの結果は出ている。
見た目が平凡で何1つ取り柄のない女子生徒の対面対談。
学歴や家族構成そして部活動等に委員会時の会話を聞いている際、何やらビビっと感じた学園長は彼女を入学させた。
結果、学園を卒業しその二年後には朝のニュース番組では局の顔と言わんばかりの凄腕キャスターへ変貌。
あとを追う様に考古学では誰も知らない筈の無い美人考古学教授や二年先まで予約がいっぱいな超高級旅館看板女将等、両手では数え切れない迄の有名人を排出する学園となっていた。

まぁ、多額の入学金と言う問題が発生するが、学園長がどうしてもその生徒を入学させたいと思えば、卒業するその日迄全ての金銭面をバックアップするらしい。

そんな日々が続く度に大川学園はいつの間にか女子生徒で溢れており、男子生徒の姿が一人も見当たらなかった。
其処で学園長はいっそのこと女子校としよう!となったらしい。

だが、それから数年経った今、その大川学園内にてとある噂が広まっていたのだ。
先に述べた男の子がやって来る。

女子校に、男子禁止のこの女子校にやって来ると言う噂。

私の友人もその噂に騒ぐ他の子達と変わらなかったみたい。







「どう思う兵助?」


豆乳パックのストローをかじる私に、勘ちゃんが下から顔を覗き込んで来た。

場所は大都会の中に設置されて居る駅のホーム内、丁度朝の通勤ラッシュによりホームには学生や仕事へ向かう会社員にOLで賑わっていた。後ろに並ぶ他校の男子が煩いのが良い例だろう。

同時に頭上から響き渡る行き先迄の案内のアナウンス。そしてお決まりのホーム内にての注意事項。毎日毎日と、此処の駅を利用している私からすれば耳にタコが出来るのでは無いかと思う位、聞き飽きたアナウンス。相変わらず、特徴的な声だな。なんて、頭の隅っこで思い描きながら、私はんー?と抜けた返事を返した。


「兵助!ちゃんと聞いてるの?」

「聞いてる聞いてる。女子校なのに男子が来るって話でしょ?」

「そ!しかもそれを聞きつけた六年の先輩達が、ここぞとばかりに薬局店に集団で駆け込んでって」

「は?何で?みんな生理痛?」

「バファリンを買いに行ったんじゃないの!化粧品を買いに向かったの」



ああ、そう言う事ね。
私達が通う女子校には当たり前ながら男子生徒一人すら居ない。年齢も年齢で、私の周りには彼氏が欲しいやらなんやで話が盛り上がる時期だ。
つまり、六年生の先輩方は編入してくるだろう男子生徒が自身のストライクゾーン内にhitしたら、捕まえてしまおうと言う魂胆みたいなのだ。

流石先輩方。

しかし残念ながら私はそんなものに興味は無い。私はさっさと学校へ向かい、茶道室の掃除をしなくてはならない。
確か昨日、低学部の一年生が初めて茶道室を使ったらしいが、あの学年だ。きっと備品の1つ2つ壊しているだろう。

茶道部委員会代理委員長を勤める私としては、汚れ1つも許せない。
代々先輩達が大切にして来た茶道室。私の代で汚したり壊させたり成るものか。

意気込んだ私は風呂敷を持っていない片手を握り締め、グッと力を込めれば兵助、大丈夫?と心配する声が掛けられた。


「え?へ?」

「なんか一人で百面相してたけど」


は、恥ずかしい。なんと言う所を見られてしまったのか!
私は、開いた片手で大丈夫なのだ!とパタパタ手を振れば、勘ちゃんはなら言いけど。と、何処かフに落ちない顔つきとなるも、直ぐに男子生徒の話題へと戻った様子。

内心ホッとしつつも、勘ちゃんが気になると言っていた男子生徒の事を考える。
しかし、その考えは直ぐに打ち消される。
男子って言ったって、どうせ子供っぽい幼稚な考えしか持っていないのだろう。集団で固まってはギャーギャー騒いで、カッコいいとか言われる腰パンをする姿は本当に馬鹿馬鹿しいしい。
だってパンツ見えてるのに平気で人前に出てくるんだもの、恥ずかしいって言うのが無いのか?

今、私の後ろに居る男子だって電車待ちして居るのにも関わらずこんなに迄騒いで、迷惑ってものを……
そうやって、一人で黙々と考えて居た。
後ろで上がった他校の男子の笑い声。それと同時に背中へと掛けられた小さな衝撃が、私の体を前へと押し出した。


え?
と、息を呑んだ時には私を包み込む緩やかな浮遊。靡く前髪やパタパタとなる風呂敷、そして新たにのしかかる背中のリュックの荷物。
足元が不安定、錆び付く線路が私の瞳にはっきりと映し出された瞬間、私の息が止まった。








「兵助!」





勘ちゃんが高い悲鳴を上げた。
同じくして私の体が線路上に叩きつけられた音が生まれる。ドシャリ!と砂利と鉄の線の上に落ちてしまった私の体。
メキと不思議な音が足から聞こえ、ミシと線路に打ちつけた膝から聞いた事の無い音を拾う。左頬だけが可笑しい位に痺れていて、額から顎へと伝ったそれがポタリと滴る。

刹那、両脇から様々な叫び声が次々と空へ消える。


学生が落ちたぞ!駅員を呼べ!誰か引っ張り上げろ!君大丈夫か?!一体何が起きた!お前早く登れ!


次から次へと私の耳に入っては抜けて行く他人の叫び。それら全てが阿鼻叫喚の様に聞こえてしまった辺り、私の耳はいかれてしまったのだろうか?


兵助!


勘ちゃんが私の名前を呼んで居るのが分かる。

兵助!しっかりしろ兵助!!今直ぐそっちに行くからな!待ってろ!

そう叫ぶ勘ちゃんだが、周りの大人達に止められている姿をなんとなく捉える事が出来た。

しっかりしろ!今駅員を呼んだからな!
無理して動くな!救急車を呼べ!

上から掛かる他人の言葉が意味なく押し掛かる。重い。重い。
何だこれ?
私、励まされている筈なのに、言葉1つ1つが重い。

冷たい線路に触れた指先がピクリと動いた。
何故?
私は動かした覚えは無い。なのに、指先は私の意志とは関係なしに揺れる。揺れる?ああ、揺れてる。
再び上がった悲鳴、それは走ってきた電車のけたたましい汽笛によって全て飲み込まれていく。
女性の悲鳴、男性の悲鳴、全てが汽笛に食われて行く。勘ちゃんの叫ぶ声も飲まれた。
揺れていた指先の震えが、体全部を伝う。
定期的に揺れる線路の振動が、ゆっくりながら私の体へと伝う。


逃げろ、兵助、


遠くで、勘ちゃんの、声が













『捕まって下さい』

「(………?)」


何かが鼻をくすぐった。
物が触れたではなく、目に見えない何かがくすぐったのだ。
何だろ?なんて、考えたと同時に先程迄動かない体が再び動く。
ううん、これも違う。私の体は動かない。動かせない。今になって体は全身いたるところから悲鳴を上げ、その痛みの深さを訴える。
そんな体を私は動かせない。
ならば、これは、何?


スタ。とコンクリートを踏みしめたのが聞こえた。
暖かい温もりが私の体を支えてくれる。
何?これ?勘ちゃん、私どうなって居るの?
電車が過ぎ去る騒音と共に未だに止まない人の悲鳴。きゃーとかうわぁぁとか言っているみたいだけど、上手く聞こえない。
私の体を支える温もりが1つ欠けた、そして固いものの上に下ろされた私の足は痛み出し私の口から鈍い声が生まれた。




『其処の貴方、美大生ですね』

「え?え?!まぁ、一応」

『筆を持ってますか?』

「は?筆?」

『刷毛でも良い、骨折しているかも知れない。彼女の足を支える棒が必要なんです』

「あ!でしたら私持ってます!おっきい奴!」

『なら、髪結い様のゴムは?』

「私ので良ければ使って!」



私の体を支える誰かが次から次へと指示を出していくのが聞いて取れる。その度に周りからあれがあるぞ、これは使えるか?と様々な声が挙がりその度に誰かがてきぱきとしているのが理解出来た。

誰?


強く打った衝撃で揺れが収まる気配の無い視界は、洗濯機の中みたいにぐるぐる回る。

誰か分からない。

だけど、この温もりを離しちゃいけない様な気がした私は、沈んで行く思考の中で私を支える誰かの一部分を掴んでみせたのだった。



















指先で君の一部を噛み殺す









110602

拍手にて


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