小説置き場 | ナノ

掴んでいた枝を払えば、新たに視界に写り込んだ世界はキラキラと輝きそしてせせらぎが絶えないものだった。
喉も乾いていて、丁度目の前に存在するそれをすくい上げヒューヒューとなる喉へと飲ませてやりたい。
だけど、今の俺達にはそんな余裕はなくて、前へ前へと進んで行く事にしか頭が回らなかった。

足元の草花を容赦なく踏みつけては高く飛べば、直ぐ耳元で風が鳴る。
そしてそんな俺の下には欲しいと願っていた川があって、結局飲むことが出来ずに飛び越えてしまう。

上手く着地するもやはりずっと走り続けていた事からか、体は限界が近く着地した衝撃を殺す事が出来ずに前のめりに転んでしまった。

ズシャ!と音が鳴りぶつけた膝やとっさに差し出した掌が痛いと脳へと信号を送る。
だけど、そんな俺の右脇をすぐさま掴み上げ強制的に起きあがらせたその存在の力に頼り、俺はまた自身の足で走り出した。
よろけながらも自身の足元で走れば、隣からは安堵のため息が耳を掠る。
立ち上がった俺は隣へと視線を這わせれば、額から汗を垂らし肩で息をする友人の姿が瞳へと写り込んできた。同時に俺の視線に気付いた彼は俺へとその黒い眼を向ける。

いつもは悠々とする立ち振る舞いをする友人だが、この時ばかりはそれらと言った雰囲気一つすら感じられない。
彼も俺同様に焦って居るのだ。

何に?


それを告げようとした瞬間だった。
後ろから吹き荒れた突風は酷い地響きを立てるかの様に突如として吠えた。あまりにも大きすぎた突風は森中へと響き渡り、宙を跳んでいた俺達事その風圧で吹き飛ばした。


「うっわぁ!!」

「兵助!」


宙での体制を崩してしまった友人の兵助は、風圧に押し負けてしまい吠えた声に押され近くの大木へと叩きつけられた。

鈍い音を立てては背中を叩き付けた兵助は、重力に従いそのまま地面へと落下。
急いで駆け寄った俺でも間に合わずに、二度目の鈍い音を立てて彼は地面に転がった。まだ、伸び生えた草木がクッション変わりとなり深手を負わずに済んだだろうが、俺が駆け付けた時にはぐったりとしていて頭から血を流していた。


「兵助っ!兵助!!」


できる限り体を刺激しない様に呼び掛ければ、伏せたその向こうから俺の名を紡ぐ声を耳が拾った。

良かった。生きてる。

そう安堵した俺だったが地面に落ちていた俺の尻尾がいきなり立ち上がり、同時に頭上からあの声が降り注いだ。

咄嗟にまずいと判断した俺は兵助の体を支え立ち上がった。
しかし、真後ろへと降りてきた巨大な魔物の波動により、俺達2人はまた吹き飛ばされる。

魔物の波動が弱かったのか俺達はバラバラに散り、近くの草村へと投げつけられるも魔物にしてみれば一歩二歩程度の距離でしか無い。

散々痛めつけられた体は言う事が聞かず、耳がへたっているのが分かる。
そんな中暗闇の中から抜け落ちたかの様な塊が兵助へと歩み寄る姿が、瞳へと映り込み俺は息を呑んだ。


「兵助!!逃げろ!」


声を荒げるも兵助は其処からは動けずに居る。
きっと先ほどの衝撃でどこかを更に痛めたのか、兵助は立ち上がる事をしない。
最後の抵抗と言わんばかりに耳と尻尾を立て威嚇するが、魔物はそのまま兵助へと歩み寄る。
歩く度に地面越しに伝わる振動が命の終わりを示すかの様に感じ、体が震え上手く動かない。
早くしなければ兵助がっ!


再び吠えた魔物の声が俺の体へとのしかかり、同時に頭をガツンと殴りつけた様な痛みに目眩がした。
不味い!此ではっ!

威嚇していた兵助も俺と同じ様に地面に這う。
そして、そんな兵助へと魔物の巨大な爪が振り落とされたのを、俺は目を見開き捉えてしまった。











『何だ』


















第三者の声が響いた。

同時に魔物の動きがピタリと止まり、辺りには気味が悪いくらいの静けさが生まれる。

どこか深みのある独特の声は雄の猫のモノではない。低くもなく丁度良いその声は明らかに雌のモノだ。
しかし、一体どこから?

そんな中、いきなり生まれた大きな音に俺は肩を震わせた。
発信元は兵助の目の前の存在。
それは俺達を追いかけて来た魔物によるモノであった。しかし魔物は唸り声を挙げる事なく地面へと崩れていく。
倒れた。と言う表現は使えない。
言葉通りに魔物が地面にボロボロと崩れていくのだから。それは細かな肉塊となり、最後の頭が三等分に分かれ落ちたのが最後だった。


崩れた肉塊、そんな中へと降り立った姿が見えた。
後ろ姿でよく分からないが、体格から見て雌だ。不釣り合い過ぎる武器をがキラリと光ったのが分かる。
だが、其処で俺は可笑しな事に気付く。


俺達猫特有の長い尻尾と頭から見える筈の耳が無い。変わりに艶を持つ尻尾と突起物が2つ、短い髪の毛から姿を表す。




『残念、違ったな』



手に持って居た筈のその武器が闇へと溶けて行く。そして、同時に此方へと振り向いたその存在に俺達は目を見開いた。






きれいに整った顔を覆い尽くすのは飴色の眼帯。切れた瞳は威圧的を与える。そして先が尖り艶を含む黒い尻尾はゆらりと揺れ、同様に黒光した二本の突起物つまり太い角が頭から生えていた。











「め…冥府の」

「猫っ」


















俺の意識は其処で途切れた。













101012

拍手にて


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