小説置き場 | ナノ

殺される。

それは一体誰にか?

簡単だ。

目の前に居る男にだ。











俺は世話になって居る家康さんの所で一塊の忍者として雇われた。
それはこの世界へと共に飛ばされ、無事に合流する事が出来た双忍の2人も同じ。兵助と八もどうやら同盟国である奥州独眼竜の元に居ると文が来た時には嬉しかった。

残りは名前君だけ。

家康さんから与えられた仕事がてらの捜索の中、各地に先輩や後輩達が居る事を知った中である情報を俺達は掴んだ。

「似ている様相の人物が大阪城に居る」と……。

俺達は家康さんに相談する暇も無く直ぐに3人で大阪城へと乗り込んだ。
此処には家康と対立する凶王、石田三成の寝城でもあると聞いたからには更に慎重な姿勢で探さなければならないと理解した。

だが、そんな思いは瞬く間に崩れ落ちた。



上手い潜入出来た大阪城の中はまるで幽霊が出るのでは無いかと思う位に静まり返って居た。
しかし、そんな中だからこそ動きやすいと判断した俺は、双忍との役割分担で一部屋一部屋を地味に当たっていく作業に入った。

入った先の部屋は全部と言って良い位にガランとしていて、人があまり居ないのだと分かる。
その最中、僅かに感じた人の気配に釣られ音を立てずに俺は接近。僅かに開いて居た襖を覗き込めば、其処には背を向け机に向かい黙々と作業を行っていた1人の男が居た。

成人した男性にしてはやけに線が細い。
そんな様相を観察していた瞬間に事は起きた。


気が付いた時には俺は宙を飛んでいて、腹には重い一撃がずしりとのしかかっていた。急に圧迫された胃が痛いと言う信号を脳に送り、同時にこみ上げた胃液が閉じていた筈の口から零れ落ちる。
滞空時間は短くあっという間に俺は廊下へと投げ出されてしまう。
ゴロゴロと転がり同時に吹き飛ばされた襖の破片が周りに散らばる。





「何だ……貴様は………」



破片を踏みしめたその存在が暗闇の中から姿を表す。
2つの銀色。
まるで月そのものからこぼれ落ちたかの様に、静かでそしてどこか冷たさを帯びていた。そして、その存在の手中に納められていたのも同様の銀色をしている。

まずい。

そう脳内で赤い点滅信号がチカチカと光り出す。だけど動けない。
理由なんて分からない。
暗闇から浮き出る様に表れその暗闇すらも自身を美化させ、容易く成し遂げてしまうその神々しいと思ってしまったのか?はたまた彼がその身から溢れ出す耐えきれない殺気に足が竦んでしまって居るからか?
分からない。

結果的には動けない俺だが、暗闇から完全に抜け出して表れた彼はその歩みを不思議な位にピタリと止めて見せた。

何だ?
と、おずおずと彼の顔を見上げれば初めて彼と視線が合う。しかし、瞬時に背中を駆け上がる電撃に更に体が硬直した。


「子供…だと?」



綺麗な青年だと思った。只でさえこの世界に住んでいる武将の方々は顔が整って居たりと、身体共々まるで人間離れした美しさや格好良さを持って居るのにも関わらずその中で彼は飛び抜ける様な美を持って居る。
家康さんを初めて見てその人柄に触れ、これが格好いい男なのだと知った反面、この人は男の美を全てかき集めその結晶の中から作られたと言っても過言ではない。
それほど迄に目の前の彼は美しかった。

しかし、そんな俺の脳内とは反対に、彼の顔はみるみるうちに苦情の表情へと成り代わり、まるで苦味を噛み締める様に切れたその瞳に俺を映し出していた。


「貴様……尾浜、勘右衛門だな」

「っ?!」



何故俺の名前を?しかも苗まで。
俺達は確かに家康さんにお世話になっては居るが、忍者の1人として雇われている為に素性を明かす様な事などして居ない。ましてや、家康さんと敵対関係である石田軍の幹部と思わしき人物なんかに……
同時に脳裏をよぎったのは同じく大阪城に忍び込んでいる友人双忍だ。
まさか、彼らに何か?!

そう思った瞬間に体を縛っていた硬直が解け、瞬時に俺は後退する。
未だに着ている制服の袖からクナイを取り出して構えるも、相手には威嚇程度にもならないらしく厳しい顔付きで俺を睨んでいるままだった。



「貴様が居ると言う事は……他の4人も居るのだろ」


「?!」

「久々知兵助、竹谷八左ヱ門、不破雷蔵に鉢屋三郎」


違うか?

構えている俺を気にする事なく綴られるその言葉に、つい耳を疑ってしまった。彼は今なんと言った?
俺達の友人の名をつらつらとしかも、一語も間違える事なく淡々と答えてみせたその瞬間も、相も変わらず俺から視線を外す事は無い。


「なん…で……」俺達はこの世界に飛ばされて幾月は経っている。しかしそれこそ半年と言ったものでは無く、二月経つか経たないかのギリギリ。
そんな中で今の他国は危険だと家康さんからあまり領土から出ない様に言われた俺達や、奥州一帯の警備に回って名前君の捜索になかなか乗り出せない兵助や八の事を彼が知っているのが可笑しかった。

しかし、彼は歪んだ笑みを浮かべるや否や、その矛先を俺に向けては高らかに言葉を紡いだのだ。





「いつかこの日が来ると分かって居た。
もしかしたらそれは秀吉様と半兵衛様のお二方様がご健在の頃かと思って居たが……そうか、よもや今日とは思わんなんだ。
だが、これで私は成し遂げるべき目標を今この瞬間に明確に捉えた……。
お前達がこの世界に来た瞬間に」

「この世界って!何であなたがそれを……」



何故、どうして?
分からない事ばかりだ。何故だ?何故この世界の人間である筈の彼が、他の世界から来た事迄も知っている?

俺は問いただしたくて、つい歩みよってしまった。
しかし、それを止めたのは彼の向けた矛先であった。



「知らないと思って居たか?
愚か者が!!私は知っている…貴様等が犯した全ての罪を!
貴様等の言葉、行動、そして選択によって変わった1人の女の存在を!!」

「?!!!」


1人の女、そうだ。彼が彼では無く彼女だと知ったあの日に起きた事件。
学園を襲った惨劇の真相の先すらも知らず……俺達は、あの日………。



「(選択して)」



名前君が……。







名前君が?












思い出せない。






名前君が何をしたのか、何があったのか














可笑しな位に思い出せない。












「徳川家康、奴共々、貴様等全員を冥府の底へと沈めてやろう」

貴様等5人だけでは無い。最上級生の6人も……菖蒲色の忍装束を着た4人も萌黄色の6人の餓鬼も共に……

「あの世の岸部に綺麗に並べてやろう」


砂を踏みしめる音がした。
それは確実に俺の元へと一直線に突き進み、厳しい双眼が俺を捉えて離さない。
足が竦んだ。
何故か分からない。
だけど、だけど分かった。……分かったんだ。

名前君が……
名前君がこの世界に、目の前の彼の元に居ると……。
だけど足が動かない。
直ぐに…直ぐにみんなに…みんなに知らせなきゃ成らない!












「私の名前は石田軍総大将、石田三成」


頭上で銀色が光り、カチリと音が鳴った。

























「彼女を蝕む存在は、兄である私が全て取り除く!」



















空気が悲鳴を上げた。

























101118



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