小説置き場 | ナノ

その先輩は六年ろ組在籍で、酷い甘党で有名だった。
白米には砂糖。味噌汁には水飴。焼き魚にはみたらし団子のタレ。
見ているこっちが気持ち悪い。
その先輩はいつも良い香がしていた。香を自身なりに混ぜてはアレンジし、いつも花の様な匂いを漂わせていた。
その先輩は髪が長く、立花先輩みたいにサラサラで頭の上で巻くお団子に、キラキラした簪が凄く似合って居た。
その先輩はいつも楽しそうに笑う。にっかりと先輩が笑えば、犬牙みたいに鋭い歯を見せては腹の底から笑う。その笑顔に釣られて僕達も笑う。
その先輩は鳥が大好きだ。チチと、雀の鳴き真似をすれば雀達が集まり、賑やかな集会が生まれる。
その先輩は、他の六年生の先輩達と仲が良い。いや、凄く仲が良い。
いつもいつも一緒に居て、喧嘩をする先輩をたった一言で止めてしまうのだ。そして、仲直りの記しだ。と言って、みんなでバレーする姿に僕達はいつかあんな先輩になりたいと思っていた。
その先輩は、下級生達に慕われていた。五年生達は実習内容を聞きに四年生は遠征内容を教えて貰いに。広く言えば一年生の僕達もその先輩が大好きだ。

一人称は私で、女性と思われる様相だが他の六年生達より男気で溢れていた。

しかし、ある日実家の用事だと一週間だけ、その先輩が学園から姿を消した日何も無い空から女の子が落っこちて来たらしい。

その日から先輩は変わった事に、僕達一年生以外気付く人は当日誰も居なかった。




間違った『    』の作り方



野外授業から戻ってきた僕達一年生達は、一直線に食堂へと向かった。
いつもにまして賑やかな食堂に、乱太郎が疑問を抱きみんなでそろそろと食堂内を覗いた。
すると、見慣れない一人の女の子が六年生達に囲まれ食事をしていたのだ。お客さん?と思うも、五年生の鉢屋先輩が「いきなり空から降ってきたんだ。間者かも知れないから。無闇に彼女に近付くなよ」とみんなに警告してくれた。
遠巻きに観察しながら食事する僕達。しかし彼女は僕達に気付く事なく六年生と楽しそうに会話を弾ませる。僕達一年生はまだまだ忍術を知らない。だから、これ位の視線には六年生は気付く筈なのに、振り向く様子は無く彼女に夢中で話す。
ふと気付く。彼女が座る席にはあの先輩、『彼』がいつも居座っていた席だと。勿論、僕意外のみんなも気づき、口々に変なの。とつぶやいた。

彼女がこの学園で事務員として住む事が決まった2日後、『彼』が帰ってきた。だけど、何故か門前には五年生達が居てなにやら話をする姿を見た。と、団蔵からの情報。
その後『彼』は六年長屋へと向かうも、直ぐに出てきたと言うきり丸の話し。
やっぱりおかしかった様だ。

その日から数日後『彼』は五年生達と一緒に行動。
食事する時や、昼休みそれに夜の湯浴みの時すら一緒にいた。六年生の先輩方は相変わらず彼女に夢中で、脇をすれ違った『彼』を視界にすら入れなかった時にはどこか幻滅したのは此処だけの話しだ。

ある日、先生からの伝言で『彼』の部屋と向かった喜三太。部屋の前の廊下に腰掛け、空を見上げながらボーっとしていた先輩に声をかけようとした時だった。先輩はいきなりカー。と鴉の鳴き真似をしたらしい。すると、一羽の鴉が近くの木に止まり、同様にカーと鳴く。そしてお互いカーカーと鳴き合う姿が怖くなったみたいで、喜三太は泣きながら教室に戻って来た。

それから数日後、見慣れた五年生達の中に一際目立つ存在に、今度は金吾が気付く。鉢屋先輩に尾浜先輩、久々知先輩、不破先輩、そして竹谷先輩の5人が彼女を囲み雑談している。これからの実習の内容、今日のランチは何が出るの?やら様々。其処へ六年生の先輩方が割り込み、ズルい。やれ独り占めは反則だと抗議する。五年生と六年生が揉める様子を彼女は口元を着物の袖で隠し笑う。しかし、しんべヱの位置から彼女口元が酷く歪んでいたよ。なんだか怖いな。と感想一言。

そんな上級生達の隅では四年生の先輩達が、『彼』と一緒にふざけ有っていた。綾部先輩は『彼』に抱き付けば平先輩と田村先輩の怒号が舞い、斉藤先輩が『彼』の髪をうっとりと眺めている。
先輩は相変わらず楽しそうに笑い、お腹を抱える。懐から水飴の入る瓶を取り出しては、俺と一緒に甘味所行くぞ!と言う。
そこで兵太夫は「あれ?先輩って一人称、俺だっけ?」と首を傾げた。
バタバタと賑やかに廊下へと出て行った先輩と、四年生達に見向きしない五、六年生の姿に無意識に眉間に皺が寄った。

その数日後、今度は四年生の中に彼女が駆け寄る姿を伊助があれ!と指差した。彼女は箒を持ちながら、アイドルと呼ばれるあの4人と会話。あの綾部先輩が彼女の手を引き校庭に行く姿に、田村先輩達がギャーギャー騒ぎたてる様子をみんなで窓から眺めていた。
「ねぇ、もしかしたらさ……」虎若の推測がその場に響く。
そして案の定、その通りになった。

手裏剣の授業を受ける為に、渡り廊下を渡った際に向こう側から方向音痴で有名な2人の先輩を引きながらやって来た。
僕達はこんにちは!と挨拶すれば『おお!今日のは組元気だな!』と、返してくれた。
しかし、あのサラサラで綺麗に纏め上げていた団子と簪は無く、ボサボサに飛び出す寝癖が頭巾の隙間から顔を覗かせる。

廊下を渡りきった先の後ろでは、富松先輩のお叱りの声が上がり浦風先輩と三反田先輩の謝る声が響く。伊賀崎先輩もどこか楽しそうに笑う。

三年生の先輩なら、きっと大丈夫だよね。三治朗の台詞に大丈夫だよ!だって先輩は強いから!と団蔵が言う。
しかし、こんな僕達の願いは数週間後には見事打ち砕かれた。



ある時。体育委員会で遅れて夕食を取りに行った金吾が、一人で食事を取っていた先輩に同席しても良いか聞けば『ああ、構わないよ』と目を細め笑った。
しかし、金吾はそこで違和感を見つけ出した。いつも食事に付けていた甘い調味料類は机の上になく逆に辛い、唐辛子類と言ったものが置いていた。先輩はそれを山盛りにふりかけ真っ赤な丘を作り出した所で食事に入った。

その話しを金吾が「先輩が先輩じゃなくなる!」と戸部先生に泣きついた教室の前を、三年生と二年生と一緒に歩き去る彼女には組のみんなの視線が突き刺さった。




先輩が知らない先輩へとなってゆく。

勿論それは、は組だけでは無くい組やろ組のみんなも気付いていた事だった。


そしてある日。
離れの廊下で彼女と先輩が、2人で話している姿を彦四郎が慌てて教えにきてくれた。僕は近くにいた喜三太と共に駆けつければ、廊下の上に座り込み呆然としていた先輩の姿にめを丸くした。

何が起きたかわからない僕達だったが、近くにいた喜三太の野放しにしていた蛞蝓の話を聞き愕然とした。



「ねぇ、あなたモブなんでしょ?
私あなた知らないからきっとモブに違いないもの。私、今の居場所が好きなの。だから、羨ましそうに私をジロジロ見ないでくれる?せっかく手に入れた逆ハーレム。失いたくないもの
それに、あなたモブなら、仙蔵達と仲が凄く良いわけないでしょ?だってあなた、私の後から来たんだし」



喜三太から告げられる通訳に、彦四郎が泣いた。勿論喜三太も。
騒ぎを聞きつけた一年生達は皆で先輩を守ろと決めた。
そしてみんなで話し合った結果、あの人に彼女を消して欲しいとお願いした。丁度、医務室に来ていたその人と伏木蔵が仲が良かった為以外にも僕達の依頼を承諾してくれた。「伊作君の話が彼女の事ばかりで飽きていた」「丁度いい頃合いだとは思うがね……」と言っていた。

依頼が成立して、僕達は先輩に僕達は絶対に先輩を裏切らない。だから、安心して下さい!と告げに行けば先輩は驚きながらも、ありがとう。嬉しいよ。とまた、目を細め静かに笑う。
そんな先輩の周りには鴉の姿がチラホラ見え隠れしていた。

そしてその日の晩。僕達一年生はある夢を見た。
先輩が静かにその場に座り込み、肩を揺らしている姿だった。そしてその目の前にはもう一人の先輩が居て、彼は何かを呟きそこで夢は途切れた。

月が沈み朝となった新たな1日。あの人が彼女を空に帰す日だ。僕達は授業どころではなく、気が気では無かった。
丁度、5.6年生は合同授業で学園から離れているこの時。まさに殺傷日和だね。と言えば、相変わらず冷静だね庄ちゃん。と言われる。

あの人は、いつ彼女をやってくれるのだろうか?そんな会話をは組で交えていた時だった。その人が天井から身を乗り出す姿に一生に驚いた。

もう、片付けたのですか?と言えば、「いや」
とあの人は答えた「私では無く、彼が片付けたみたいでね」
彼?彼とは誰ですか?と聞こうとした時、その人は姿を眩ませた。

そして、郊外に出ていた先輩方が戻って来るなり、バタバタと騒がしく廊下を走る姿を見かける。先輩達は口々に彼女の名前を呼び、知らないか?姿を見ていないか?と僕達に聞いてくる。そこで僕達はやっと理解した。

誰かが、彼女をやっつけのだ。と


ふと、窓の外を鴉達が群を作りながら飛び去る姿に、僕はもしかしたら!と教室を飛び出た。後ろから僕の名前を呼び追いかけてくるみんなの足音を聞きながら、六年生長屋へと向かう。

息を切らしながら向かう六年生の長屋廊下。バタバタと騒がしく音を立てるが、今はそんな場合では無かった。
すると、一羽の鴉が吸い込まれる様に長屋奥へと消えてゆく。

追い付いたみんなは向こうの長屋奥で声がするのに気づくが。僕はそれとは別のものに気付いた。





廊下から飛び出た僕達は目の前の光景に、みんなは固まった。


カァカァと鴉達が群がるそれは何かであり、それが一体『何なのか』とはっきりと原型を留めて居なかった。
唯一、鴉達がつつく肉片が『誰か』の腕であり、それ以外はきっと鴉達の腹に収まったに違いない。






「名前!」


先輩達へと背を向けている彼の名を、七松先輩が呼んだ。
同時に、食満先輩が悲痛な声で怒りを表す。続く様に伊作先輩や、潮江先輩の怒号。あの立花先輩と中在家先輩すらも怒りが露わになって居る。


群がっていた一羽の鴉が、彼へと先輩へと近寄れば足場である腕を伸ばした。
のばされた腕に止まった鴉はカァと鳴き、先輩へと身をスリ寄せた。それを撫でる手付きはいつもの先輩では無かった。

再び、誰かが先輩の名前を呼ぶ。
それにやっと気付いたかの様に先輩は首を小さく傾げた。
何だ?と呟いた声には組のみんなは震えた。
勿論、僕もだ。聞き慣れないその低い声は、明らかに彼のものでは無くしかし、彼から放たれたものであるのは確実だった。
頭巾を首に巻き付けた先輩は、短くなったその髪の毛を揺らす。


腕に止まっていた鴉がふと、その黒い嘴を開けた。同時に零れ落ちたのは丸い何かで、人間の眼球だとわかった時には彼の足に踏みつぶされていた。

眼球が踏みつぶされた瞬間、ガラスが砕け散った様な音が頭の中へと鳴り響いた。






『………誰だ?お前ら』









振り向いた先輩は、先輩では無かった。

名前先輩の姿形をした誰かが、腕を組み唖然とする六年生達を眺めてはああ。あれか。と細い笑みを浮かべた。



『お前らがコイツのお友達か?』


いや、今となっちゃ、友達"だった"かな?アハハハハ!と腹から笑う姿は、名前先輩のままだった。しかし、その仕草は彼と真逆。
瞳孔が開ききった瞳は、僕達が知っている先輩には決してない事。

伊作先輩の言葉がその場に紡がれた。



「名前…名前。私達はお前になんて事を……」


伊作先輩の声が震えた。



『オイオイ、天女様が死んだ途端に級友を思いだすのか?今まで六年生ずっと一緒に居て、支えていた級友をか?』

「待て…待て!名前!」

『どうしたよ潮江さんよ?今になって、天女様の魅力的な幻術から解かれたとか?
この天女様が死んだ瞬間、今頭の中がスッキリするだろう?』

「ああ!だからこそ、今になって私達はお前に酷い事を沢山……」

『ああ。してきたな。コイツから嫌がらせを受けていると言う言葉を、コイツに追い回されてると言う偽りの言葉に騙されたお前達は、コイツをいたぶったよな?用具小屋裏に連れ出して暴行。ありゃ傑作だったな?』「名前、名前!私達の話を……」

『傷ついていたコイツを五年が寄り添うも天女様登場。泣き崩れていたコイツに四年が慰めるも天女様登場。自暴自棄に堕ちるコイツに手を伸ばしてくれた三年の中へ天女様登場。信じて下さい!そう言い切った二年に言い寄り天女様登場!』

「名前!名前!」

『すげぇな天女様ってのはよ?!たった一人の人間を弾き飛ばす為だけに、自身の理想の世界を作り上げる為だけに傍観を決めた名前を!幸せそうに笑う友達の邪魔をしてはいけないと身を引いた無害の名前をこの学園から追い出す為に様々な手を……』

「名前!いい加減に」

『黙れぇ!糞餓鬼共がぁぁぁ!』

《?!!!!》

『チャンスは何度も俺が与えた筈だ!視界に入る様に!一人称が変わった事に!髪の毛を切った事に!俺は何度も何度も変わった名前でお前達に会いに行っただろう?!それを無碍にし尚且つ、見知らぬ女の言葉に騙された貴様等!
幻術?天女様の魅力?馬鹿言うな!



コイツも天女が居た時代と同じ世界の人間なんだよ!




何が違う?!
コイツとあの女と?!
性別か?!何も、人間的な中身は時代が違えど変わんねーんだよ!!』


彼の言葉は、その場へと響き渡る。名前先輩の真実。それは彼女と同じ世界の人間であった事。だけど、そんな事よりも先輩達は彼女の「天女様」としての存在に惑わされたのでは無く、人として忍の三禁を破っていたと言う簡単なものに愕然とした。

七松先輩がその場に座り込んでしまう。
立花先輩の唇が震えて居るのが見えた。






「名前…」


潮江先輩が再び彼の名前を呼んだ。しかし彼は、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべては腕に止まる鴉を振り払った。
同時に、後ろで肉片に群れていた鴉達が一斉に空へと舞った。


『名前?悪いがもうアイツは表に出て来る事はねぇよ?
何だって、表に出た所でお前達と言う存在がアイツの心を傷つけ……』

「ふざけるな……」




『あ?』

「ふざけるな!私達の友を!!名前を!アイツを返せ?!お前みたいな知らない奴が名前な訳が無い!名前は、名前はそんな風には」

『………なぁ』


空気が震えた。
同時にのしかかった重いそれは殺気だ。しかし、そんな中、先輩ではない先輩が静かに言葉を呟いた。
空から降り注ぐ黒い羽根はおぞましく、足元を不安定にさせる。
怖くて怖くて、涙が無意識にこみ上げて来た。
















『二重人格が生まれるきっかけ、お前達は知ってるか?』















彼では無くなった彼、名前先輩だった彼は自身を『蝕み』と名乗ったのだった。













間違った『二重人格』の作り方













100724〜100726
拍手にて


※天女在籍により友を後輩を奪われた夢主に、二重人格が生まれるお話でした。
天女消失後夢主の二重人格な連載予定でしたが、あえなく没に(笑)


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