百合籠 | ナノ


放課後、仙蔵はよく教室から姿を消していた。
先ほど迄隣に居た筈なのに、瞬き一回したと同時に仙蔵は居なくなって居る。仙蔵?と振り向けば、パタパタと走り去る背中を捉え廊下向かう背中を見送る。
仙蔵!何処に行くんだ?!と慌てて声を掛けた所で、お前には関係ない!と走り去って行く。入り口近くに居たクラスメートを押しのけ、廊下へと飛び出た仙蔵の足音を耳が拾い上げる。

こんなやり取りを最近する様になったのは、野沢が休養中と成ってからの事だ。

あの一件以来、野沢は深い傷を負ったとの事で、傷が癒える迄休学となったらしい。
休学と言ってもある噂じゃ自室謹慎だとかクラスの奴らは言う。
どこからそんな噂が生まれたか分からないが、上級生達が話して居るのをクラスの誰かが盗み聞きしたんだろう。

野沢が謹慎中だってよ。
悪い事したんじゃね?
学園の備品壊したとか?
くの一教室に忍び込んだとか……。
テストの答案用紙を盗みに行ったって、聞いたぞ!

コソコソと影で交わされる野沢の噂。どれも信憑性の無い内容ばかりで、アイツ等が勝手に話しを作って居るんだな。と思う。

謹慎の理由。それはきっとあの一件が関わって居ると思う。

俺と仙蔵は野沢を医務室に運んで以来、一度も顔を合わせて居ない。部屋は俺達の直ぐ近くなのに物音一つもせず、まるで初めっから誰も居ないと言わんばかりの不気味さが有った。
深夜に成っても部屋からは蝋燭の灯一つも零れず、その不気味さは更に増すばかり。夜が深くなる度にぐるぐると何かが渦巻いて見え、部屋の前を通る事を躊躇う。
いや、本当の事を言ってしまえば怖い。
誰も居ない暗闇が野沢の部屋を支配して居て、前を通ると襖の向こう側へと引きずり込まれそうな恐怖。お化けなんてそもそも居る筈無いと、自分で分かりきって居る筈なのにどうしても其処だけは通りたくは無かった。
そのせいで、明るい昼間でも野沢の部屋へ向かう勇気も無くなる。

医務室から出て行った野沢。
野沢を心配し、きっと仙蔵は更にアイツにべったりと成るだろう。怪我を負いしかも謹慎とまで来れば近くに居る俺でさえ威嚇をして来るに違いない。そう思って居た。


だけど……


「……………」


仙蔵は授業が終わる度に慌ただしく教室から出て行く。
もし仙蔵が行くその先に野沢の見舞いと言う事ならば、嫌みながらも俺に一言位はかかるだろう。
なのに、仙蔵は何一つ言わない。
頬にはあの一件で負った傷が残って居る。一年生には不釣り合いな白いガーゼが目立ち、教室に入ってきた時のクラスメートの質問攻めは果てしなく五月蠅かった。勿論俺の顔にもあちこちに絆創膏を貼って居り、俺にもその矢先は向けられる。
クラスの奴を嫌い苦手とする仙蔵にとって、嫌な質問だろうと思って居た俺だがあの仙蔵がクラスメートに向かって黙れと一言。
驚くな。と言う方が無理な話だった。

シンと静まり返った教室で、アイツは何事も無かったかの様に自分の席へ。一瞬だけど野沢が座っていた席をチラリと見る仙蔵だったけど、直ぐに自分の席へ座ったのを今でも覚えいる。

いつもの仙蔵じゃない。
ざわつきだしたクラスだが、後を追う様に先生がい組に入ってきた。
クラスの奴は慌ただしく自分の席につき、先生がい組の生徒の名前を呼び点呼を取る。

俺は自分の名前を呼ばれる迄の間、隣に座る仙蔵へと小さくどうしたんだと問い掛けた。

仙蔵は横目で俺を一瞬だけ見るも、何も言わずに再び前を向く。


何だよ?お前、どうしたんだよ?

いつも周りの目を気にして、俺の後ろでビクビクしていた前迄の姿。野沢が居なくなった時は野沢を探すぞ!お前も手伝え!って制服引っ張っていた癖に。
仙蔵?
どこか痛むのか?
また誰かにいじめられたのか?
陰口でも言われたか?

初めて見る仙蔵の空気に俺は戸惑う。





「潮江文次郎」

「っ!はい!」



いきなり先生に名前を呼ばれ、驚いた俺だが将来忍者を目指すんだからこんな小さな事で動揺を見せちゃいけない。そう思い普段通りに返して見せる。そして後を追うように仙蔵の名前も呼ばれる。
仙蔵も仙蔵でいつもと変わりの無い声で返事する。



其処でふと視界の隅っこで別な何かを捉える。
それが一体何だったのか?
座学の授業開始と共に皆が忍たまの友を取り出す中、既に筆記用具一式が準備され出されている所を見た瞬間に俺は理解した。
手には忍たまの友が開かれ、今日勉強する筈の頁が先に開かれている。















その時からだ。


俺と仙蔵が一緒に居る回数が減って行き、自分の周り全てが真っ暗に成る夢を見る様になったのは……。






















110610
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