空に混じったのは鉄の味しかしない美味しくない臭い。
嗅げば嗅ぐ程に気持ち悪くなるんだけど、この学園に居る限りはずっと付き合って行かなきゃならない臭いだった。
今日のご飯はなんだろう?と空を漂う臭いを嗅いだ矢先がこの臭いだったから、あまり気分は良くない。
だけど、隣を歩いていた長次がどうした?と心配した顔つきで覗き込んで来た時には、心配させちゃいけないと思って私は何でもない。と首を振った。
今日は授業が無くて長次と2人で委員会の見学に回っていた。
初めは作法委員会を見に行ったけど、キラキラに輝く委員長に圧倒的され私達は部屋を直ぐに出た。その次は火薬委員会へと回れば蔵の中で委員会見学に来ていた一年生に説明する様子があった。先輩は色違いの二つの壺を手に持って地面にしゃがむ一年生達に説明している。
後から来た私達は後ろの方に並んで、その先輩の説明に耳を傾けて居たけど一緒に説明を聞いていた近くの一年生が私達の、嫌、私の存在に気が付き遠目でコソコソと話をしていたのがわかった。
やっぱり、私は怖いのかな?
葉っぱがかすれる様な囁く声は私に向けられていて、それが怖くて私は目をぎゅっとして居たら、長次がいきなり手を引いてくれた。
私は訳が分からなくてそのまま引っ張ってもらうだけで、付いていく事しか出来なかった。
そして蔵から離れた所でやっと止まった長次が私へと振り向いてくれる。
「……図書委員会」
「?」
「きっと……彼処に、一年生………居ない」
「!!」
気付いて居たんだ。
私へと向けられる視線に。
だから長次は彼処から離れたんだって。
それが分かった途端に嬉しくて目が熱くなって鼻水が出そうになった。
だけど私は我慢して、熱くなった目を腕で擦る。
「ありがとうな!長次!」
「ん」
繋いでいた手をぎゅっとしたら、長次はぎゅっと返してくれて私が笑えば長次は小さく口端を上げて笑ってくれてまた嬉しくなった。
私と長次は上履きを脱ぎ校舎内へと上がる。
図書室で委員会活動を行っている図書委員会。確か上の階にある筈だ。
授業の調べものの為に数回しか行った事がなかった私。だからあまり図書室の場所がわからないものの、長次はよく図書室に本を借りに行ってるから迷う心配はない。
頼もしい存在なんだ。
そう思うと、私は長次にばっかり迷惑を掛けてるんじゃないか?って思ってしまう。
だって私は不器用で色んなものを壊してしまうのに、長次は嫌がったり怒鳴ったりしない。逆に構わない。大丈夫だ。って言ってくれる。そして、どうすれば良いか判らなくなった私より先に直ぐに動いて行動してくれる。その度に私はまた長次に助けてもらう。
だから、私にしか長次に出来ない事はないのかな?って考えた。
そんな時だった。
突如として後ろから聞こえた空気が切れる音。
でも長次はそれに気が付いて居なく、私の手を繋いだまま歩いていた。
同時に頭の中に鳴り響いた黒と黄色の不可解な音に危険だと感じた私は咄嗟に長次の手を引いた。
「長次!危ない!」
繋いだ手をいっぱいに引っ張った長次と私は廊下の脇へと転がった。
ガタンと壁に背中が叩かれれば目の前を水色の存在が駆け抜けた。
それが私達と同じ一年生だと見えた瞬間に、長次が怪我したらどうするんだ!と熱い怒りが込み上がり、「お前!危ないじゃないか!?」とその背中へと投げつけた。
でもそいつは止まる事もせず真っ直ぐ突っ切るだけで、遠のいていく背中はいつしか消えていた。
危なかったアイツにもっと言ってやりたかった私だが、同時に感じた掌の温もりに頭の中がハッとし隣にいた長次へと気が向いた。
「長次!大丈夫か?!怪我ないか!?」
瞳に映った長次は背中を預ける様に座っていて、空いていた手で背中をさすっていた。
もしかして、強く叩きつけてしまったんじゃ?!そんな考えがいっぱいに埋め尽くした瞬間に、長次の視線が私へと向けられて涙が出そうになる。
「大丈夫……怪我は……無い」
でも、その顔はどこか痛そうで私は長次の目の前に座って、ごめんなさい、ごめんなさい。って謝った。
また力加減が上手く行かなかった。だから長次がまた痛がった。
ごめんなさい。
我慢していた筈の涙がこぼれた。まばたきして謝る度にまた一粒また一粒零れる。
だけど、長次は泣いて居た私の頭に手を置いて、静かに撫でた。
それに驚いた私はえ?と、涙を流しながら長次を見上げれば長次は目を細めて笑っていた。
「逆だ……ありがとう。助かった」
だから、泣く必要はない。そう言ってくれる長次の優しさに私は好きなのだと思った。
そして繋いだ手がまた暖かく感じた。
それでも、空を漂う鉄の臭いは消えなかった。
了
100924