百合籠 | ナノ


部屋に戻った後、泣き疲れた伊作を布団へと寝かせる。普段俺も慣れない事をしたせいかそのまま寝てしまい、起きた頃は日差しが高く登って居た。俺が起きれば伊作も一緒に起き出し、俺の顔を見るや否や困った様に眉を寄せながら小さく笑った。

「なんか……ごめん、ね」


目尻が真っ赤なのは昨日散々泣いたせいだろう。俺はいや…。とだけとしか返せなくて、その間に伊作は照れた笑みを浮かべては起き上がり部屋を出て行った。
多分、顔を洗いに行ったんだろう。俺も固まった体を伸ばせばあちこちから筋肉が軋む音が聞こえてきた。
そして、制服が皺だらけのくしゃくしゃになって居て、着替えなくちゃいけなくなり押し入れへと向かった。

その途中で足の指先に何かが当たり、ふと落とされた視線の先には一冊の本。無意識にそれを拾い上げた俺は流れるかの様にそれを捲れば、本ではなくノートだった事に気付く。
一頁一頁捲れば其処にはどこか歪な絵が書き込まれていて、その絵を中心に空いた周りの空間に文字が綴られる。所々墨が垂れ落ちたかの様な後があり、それが端へと伸びている様子からみてきっと拭ったのだと見える。
また次へまた次へと捲れば絵は変わり、それに対する文字や所々に入る赤い線の位置も変わる。

捲れば捲る程進める手の速さは増し、最後なんて中身を見る事が出来ない位に進んだ。
最後の頁を捲り終えた俺は何故かそのノートを床に叩きつけていた。なんで叩きつけたのか分からなかった。ただ、捲る度に胸の中がモヤモヤしてぐしゃぐしゃになって、ムカムカした気持ちが俺を支配する。

途端に足元がぐるぐる回って、俺は無性に怖くなり部屋から飛び出た。

廊下へと出た俺は床をいっぱいに蹴りつけた。
目の前には俺と同じ一年生が歩いていたけど、俺は避ける事はせずそのまま真っ直ぐ突っ込んだ。すると、一人の一年生が俺に気付き「長次!危ない!」と、友達と一緒に脇へと避難したのが分かった。

ド真ん中を走り去れば、後ろから「お前!危ないじゃないか!?」と怒りを含む声が上がったが、足を止める事なく真っ直ぐ突っ走った。


ダンダンと足の裏から感じるのは振動。
そして、その振動と同調するかの様に頭の中がゆっくりと回りだす。


ぐるぐるぐるぐる。

僅かに思い出せばそれに釣られる様に囁くアイツが嫌いで、それでもあの時の続きを言おうとした俺は何を言おうとしたか考えればまたアイツが囁く。
ぐるぐるぐるぐる。
終わらなくて、でも気になって、逆にイライラして、そして終わらなくて……。



ぐるぐるぐるぐる。

気持ち悪くて、でも忘れられなくて、また気持ち悪くなる。

自分が分からなくなった。

今までこんな事一度も無かったから、どうやれば頭ん中のこれは消えるのか知らない。

伊作に関わったせい?六年生に話かけられたせい?それとも……















『散れ!!』

「?!」


ぐるぐる回り続けていた俺の頭ん中へと飛び込んできたのは聞いた事のある声だった。
俺は走っていた足を止めて、初めて今自分が居る場所を見回した。

其処は生物小屋のすぐ近くの廊下で、俺はいつの間にかこんな遠く迄来ていたのかと気付かされた。
声は生物小屋の裏の方からで、がむしゃらに走っていた為か今になって息苦しさを感じた。だけど胸の息苦しさよりも声の方が気になって居て、俺は裸足のまま庭へと降りた。
砂と小さな小石が足の裏に突き刺さり、どこか痛いと思えた俺だけど痛みに気にする事なく真っ直ぐ進む。高い茂みの中を潜り、出来るだけ相手にバレない様にしゃがみこんでは前に進む。
進むにつれて色んな声があり、それを一喝する様にまた荒げた声が上がる。
すると、いくつか上がっていた声はピタリと止むや否や、何かを言っては途端に消えた。
そして同時に茂みの中にいた俺の上を影が這い、僅かに見上げた先には五年生の制服の色が垣間見える。


「五年生?」

何で五年生が……。

気になって仕方ない俺は、影が過ぎ去るのを待ってから再び前へと進んだ。
そして茂み越しからバタンと音がして続く様にゼェゼェと、荒々しい息遣いを俺の耳が拾う。相手にバレない様に僅かに空いた葉の間から覗けば、俺は目を丸くしかできなかった。






「野沢!無事か!?」

「ぅえ!ぇっ……野沢!野沢!」



伊作を助けたであろうアイツが地面に倒れていた。うつ伏せに倒れているアイツの制服は土だらけで、地面に転がる鮮やかに着物そしてクナイとそれによって切られた制服越しに見えた赤い色に頭ん中がざわめきを起こした。

あの時と同じ様に胸が早く鳴り、今度は変な汗が握り締めていた手の中に集まりだす。

倒れていたアイツ、野沢はぐったりとしていて、近くにいた2人の一年生が慌てて野沢へと近寄る。
その2人も土だらけで野沢の様に切り傷と言った物はない。だけど、ほっぺや目の上には赤い後があるのが此処から見える位にはっきりと色付い居た。


「もっ文次朗っ!いむ…っ…医務室に!」

「分かってる!仙蔵、お前は左肩を持て!」


髪が短い一年が言えば女みたいな一年が慌てて野沢の肩を持つ。そして後を追うようにそいつが支えてやれば、野沢が何とか自身の足で地面に立ったのが見えた。
だけど、一年生の力なんてそんなに有るわけもなく、支える2人の足元が酷く震えているのが分かった。



「野沢しっかりしろよ!今、医務室に行くから!」

「文次朗!は……早く、いっかないと!!」

「分かってるって!」


不安定ながら一歩一歩を踏み出して、其処から歩き出した三人の姿が確かに俺の瞳に映り出していて、でも同時にまたアイツの声が流れる風の音に混じりながら聞こえてきた。「お……が、ま…………」と……。








「っぐ!!」







下唇を噛んだ俺は、その場から急いで走り去った。

本当ならあの三人を助けなきゃならないのに、僅かに聞こえた大嫌いなアイツの声のせいで俺は其処から離れる。また耳元で囁かれそれを振り切る様に、そのまま庭を真っ直ぐ走った。



走って走って、また走って。
一歩一歩を踏み出す度に足が痛くて痛くて、でも、アイツの声が耳元から一向に離れてくれなくてまた俺は走る。




すると、遠くの廊下から2つ上がったのが聞こえた。多分これは六年生だ。だって一人だけ聞いた事があるから。でも先輩にちゃんと挨拶をしなきゃいけないのを知って起きながら、俺は失礼と分かっていて真っ直ぐ走る。


加速して速度を上げる。だけど声は止まなくて無意識に込み上げた涙を拭った俺は、その時になって噛み締めていた下唇を切ってしまった事に気付いた。

痛くて痛くて、でも同時に………。











「一年生!ストップゥ!ゥゥゥゥ!」

「?!!」



走っていた俺を襲ったのは浮遊感。

強制的に留められた勢いを収め切れず、俺はガクリと前のめりに体が落ちて行くのが分かった。
だけど、それを止める様に太い二本の腕が体を支えてくれて落ちる事は無かった。

俺は野沢みたいにゼェゼェと息を零した。そして自身へと差し込んだ影に気が付き、上を見上げた先に一人の六年生が居て驚いた。














「落ち着け!一年坊主!」








見上げた先には、あの時、俺を撫でて居なくなった髪が長い六年生が居た。






















100914
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テーマ「人外ファンタジー」
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