伸ばされた手は酷く不安定で、俺が支えて遣らなければそれは直ぐに地へと落ちてしまうだろう。
まるで、枯れた木の葉が木から剥がれ落ちるかの様に。
だから俺は両手を伸ばした。自身へと伸ばされたその小さな掌を、静かに触れては支えて見せれば相手は落ちる事なくなんとか留まる事が出来た。
触れたそれはトクトクと幼い鼓動を鳴らし、パチパチとまん丸の眼を瞬きさせる。
そして、ふわりと綿毛の様に笑えば、風に吹き飛ばされてしまいそうな位に髪が靡いた。
駄目だ。
落としてはいけない。
手放してはいけない。
繋ぎ止めなくてはいけない。
しかし腕は二本しか無い。
数が足りないんだ。
不安定で飛ばされそうで消えそうで融けて行きそうで…。
駄目だ。駄目だ。
俺が、俺が繋ぎ止め遣るから。だから安心しろ。
そんな不安な顔をするな。
お前は笑っていてくれれば良い。
そうすれば、それは俺自身の糧となり俺はお前を繋ぐ事が出来る。
怖い時には言え。
寂しい時にも言え。
辛い時も言え。
泣きたい時も言え。
その度に俺が出来る最大のことをしてやる。
だから!
だから
影が空から降り注いだ。
同時にそれが危険なものだと察したいくつもの影は其処から後退し、砂煙を立ち上げた。しかし、舞い上がった砂煙の中から投げつけられたそれを直ぐに受け止めた影は、衝撃を殺し切れずに後ろへと転がった。
「文次郎!」
上がった声は転がった存在へと駆け寄れば、其処にいる二人の存在に目を丸くする。
「え!野沢?野沢?!」
ごろりと転がっていたその体を直ぐに起こせば、其処には見慣れた友人の姿があった。
一体何が起きたか分からなかったものの、現れたその存在に倒れていた少年は直ぐに駆け寄った。
「野沢っ!も…文次郎がっ…ひっぐ!先輩達に」
野沢の存在に涙腺が絶えきれなくなり、とうとう少年、仙蔵は涙を零してしまった。
ポロポロと飴玉の様な大きさの涙を流す仙蔵のすぐ近くにはぐったりとした文次郎の姿。
意識が曖昧らしく小さな呻き声が零れ、同時に痛々しい痣が顔に付けられているのを目の当たりにした仙蔵は更に涙を零すしかない。
『立花』
「うえっ!ぇっ…、文次郎が、文次郎が……」
袖で掬い切れない涙が地面に落ちていくのがわかった。その度に乾いた地面に染みを生み出し、その箇所だけが異なる色へと成り代わる。
だが、そんな中、突然野沢が泣いていた仙蔵の手を引き寄せた。
同時に倒れ込む音が生まれるも、視界の隅で何かが過ぎ去りあとを追うように痛みが自身の体へと襲いかかる。
「いっ!」
突然の事で状況がさっぱり分からない。
だがその最中ですぐ近くから生まれた耳障りな音に仙蔵はすぐさま顔を上げた。
「野沢っ!」
先ほどまで目の前にいた筈の存在は其処には居らず、少し離れた彼等五年生へと走り出した背中が仙蔵の瞳に映り込んだ。
手に持っていたのクナイとは異なる黒いもの。
そしてその黒いものが八方手裏剣そして忍太刀だと分かると、倒れていた文次郎を直ぐに抱き寄せた。
「文次郎っ文次郎!野沢が……野沢がっ!」
八方手裏剣がどう言った時に使われ、忍太刀を使う理由を既に知っていた仙蔵は混乱するしかない。
何故、忍者の卵である一年生が、そんな危険なものをもってしかも自身に手を上げた先輩達に向かって行ったのか?
途端に全てが怖くなった。
先輩もそれに怒り突如として獣の様な唸り声を上げた野沢に。
仙蔵は動けなかった。
了
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