百合籠 | ナノ


ドジ、マヌケ、それらを浴びる言葉に慣れてしまえば、きっと私は立派な忍者になれるに違いない。
そんな言葉を私に言い聞かせ、今日もクラスの子からの痛い言葉に耐えていた。
これ位大丈夫。そうだ。大丈夫だ。大丈夫。




だけど、庭を歩いている中、上級生が仕掛けた落とし穴に落ちたきっかけで、私は膝から感じる痛みに我慢しきれなくなり涙を零した。
膝を抱え、腕の中に顔を沈めて泣いた。小さなきっかけでしか無かった筈の落とし穴は、私の我慢。と言う感情の蓋を外してしまい、溢れた今までの感情を耐えきれずコポコポとこぼれ落ちる。

こんな姿、見られたらきっとまた言われてしまうかも知れない。

だけど、そんな意識とは関係なく止まらない感情に胸が痛くて仕方なかった。
お前は優しいから、きっと残酷な忍者には似合わないんじゃないかい?
家を去る前に母上が最後に言った言葉。


父は遠い昔に戦で亡くなっており、今は私と母上2人きりだった。だけど、戦が日々行われる日常に母子2人が生き抜く程回りは平和ではない。
裏の世界と言う知識、経験、体験が多い程にこの世界で唯一生き残れると思えた私は、この学園へと入学した。
それらがあれば卒業後の就職にも困らないし、賃金があれば唯一の身内である母上を楽させる事が出来る。

だからだから。

我慢を……。
と思うも、心は正直だった。

我慢しきれない感情が露わになる。

膝が更にジクジクと痛み出す。静かに触れれば生暖かい何かが指先に付着。装束が破れたんだ。と理解した。
ああ、血が出ちゃった。だけど、そんな痛みなんかよりも、これから先、またクラスの子に言われ続けるのかな?と思うと、こんな痛みは比べものにはならないだろう。

ああ、どうやってここから出よう。
もう、いっそのことここに住んじゃおうかな?と肩を落とした時だった。







「おーい!一年生、大丈夫か?!」


上からかけられたその言葉。
見上げれば逆光で顔ははっきりと見れはしないものの、僅かに瞳に映る制服の色でそれが六年生のものだと分かった。


「今、紐を下ろすからそれに捕まれよ?」

穴を塞いでいた影は引っ込んでは何やら上の方で呟く。そして私の元へと放り込まれたそれを手に取れば、先輩がしっかり捕まってろよ!と言う。
いきなりグンと上げられたその力に、私は慌てて紐へとしがみついた。
しかし、あまりにも勢いが良すぎたのか、私が掴んでいた紐は気持ちがよい位に穴から飛び出した。


「うぎゃああ!」


勿論、紐に捕まっていた私も勢いよく空へと放り出されてしまい、変な悲鳴が口からこぼれてしまった。
まるで釣られた魚の様だ。

勢いよく空へと舞った私は、意識が飛びそうになる。ヒュルヒュルと耳元で鳴る空気と、落ちていくその感覚が怖くて私はつい目を閉じてしまった。
痛いよね?痛いよね?どれくらい痛いのかな?
これ以上痛いのは嫌だな。
そんな考えが脳裏を巡っていた時だった。
突如として触れた暖かい温もりに、私は閉じていた目を僅かに開いた。



「(!)」



狐のお面。
市などで開かれる屋台で売っている様な安いものではない。顔にはしっかりと模様が刻まれており、細かい所までそれが描かれている。
誰だろう?この子?
制服は同じ一年生の物を着ている様だが、こんな目立つ子は見た事がない。



『遅刻』

「?」

『君、救出作業、遅刻』


困った様に呟いた彼の言葉は少し難しい。
ふわふわ浮いていたはずの感覚が消え、しっかりと地上に足がついた感覚が次に襲ってきた。
現状に一切ついていけない私だが、そこで初めて私は狐のお面の子に抱き抱えられていたのだと分かった。

ゆっくりと私を地上へと下ろすも、足に力が入らない私はそのままぺしゃりと地面に座り込んでしまった。それに慌てた彼は一緒にしゃがみこんでは『重傷?!』と慌ただしく声を上げた。


「あ…有り難う。」

私は大丈夫だよ。と笑って見せれば、彼は安堵のため息を零した。
腰にまくキラキラした目立つ着物は、どこからどう見ても女ものの着物だ。この子のサイズに有ってないのか、その綺麗な柄が既に地面に着いていた。


「君が、助けてくれたの?」

涙が零れそうになる中、彼へと問いかければ彼は『否』と小さく答える。そして、一年生の装束の間から伸ばした白い指先の先には、何故か2人の六年生が重なっている姿がそこにあった。


「あだだだ!最上!君勢いよく引っ張りすぎだよ!」

「仕方ないだろ!一年生が作法委員会の掘った穴に落ちたって聞いたら、居ても立ってもいられないのが最上級生たるもので有ってな……」

「ちょ!俺様の上で語り始めるな!このショタコンがぁ!」


ぎゃいぎゃいと騒ぎ出した2人の六年生。下敷きになる彼は短い髪の毛を揺らし、何やら叫ぶ。
そしてその上にいる六年生は彼と対照的に長い髪を靡かせ、意味の分からない事を一人で語り出した。


『先輩!』


狐のお面の子が大声を上げれば、2人の先輩がこちらに気付く。
そして、おお!と上に乗っていた先輩が手を振れば、良かった。無事救出成功みたいだな。と下敷きの先輩が笑った。


「よくやったぞ野沢」

立ち上がった髪が長い先輩は、お面の子の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
そして、続けざまに向かいにいた私へと手を伸ばし、その大きな手で遠慮なく強引に撫で回した。

「いやぁ良かった!野沢から一年生が穴に落ちて怪我した!って聞いたから急いで来たが、深い傷を負って無くて安心したぞ!」

「え?」


その言葉に驚いた私。すると、下敷きになっていた先輩が私の目の前へと腰掛けては、擦りむいた傷口を見ていてくれた。


「お。こりゃ消毒してガーゼを張れば、直ぐによくなるな」

今から医務室に向かうが、君歩けるか?と顔をのぞき込んできた先輩だが、私は首を横に振るしか出来なかった。
すると、よし!と髪の毛が長い先輩が背を向ければ、いきなり私の体が浮いた。何が起きたか分からなかったが、もう一人の先輩が私を抱き上げその先輩の背中へとおぶさせた。


「それじゃ、最上。俺様はこの子を診てくるよ」

「おう!後始末は俺がやっとくよ」


最上と呼ばれた先輩はどこからともなく鋤を手に持っており、こちらへとまた手を振った。
すると、狐のお面の子が私の直ぐ脇へとやってきた。そしてこちらを見上げては笑った様に言葉を零す。


「善法寺、彼、六年生、信頼。故、安心!」

そう言えば、私をおぶる先輩は嬉しい事言うじゃん!とまたあの先輩みたいに頭を撫で回した。

「野沢、蛸壺を埋め終わったら最上と一緒に、医務室に来な。俺様特性の旨い茶を入れてやるよ」

そう言えば、彼は『諾』と答えた。その後ろではこの子、野沢君?を呼ぶ先輩の声により、彼はパタパタと走ってしまった。


私は訳が分からないまま、とりあえず医務室へと向かうべく六年生の背に背負われていたのだった。



















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