玉響 | ナノ



くの玉が居る長屋へと向かえば、必然的に周りにいるくの玉からの視線を集めるのは当たり前な話しだった。
海棠院へと予算の話しをしに向かうが、好奇な視線をひしひしと感じている。

くの玉は希に忍たまへとちょっかいと言った悪戯をよくけしかけてくる。そのせいで、忍たまはくの玉へと無意識に警戒心を抱くようになっていた。故に今も、くの玉長屋へと足を運んだ文次郎も警戒心を抱きながら会計室へと向かう。
今の彼は最上級生である六年生だ。下級生となるくの玉達にはちょっかいは出される事は無いが、所々に仕掛けている練習用の罠には気をつけなければならない。
遠巻きで此方を眺めてはキャッキャッと騒ぐくの玉の声が耳に障る。話しを聞けばどうやらこの年頃のくの玉は異性に興味を持ち始めては、その人物の話しを主にするらしい。そんな暇があるのならば忍者としての腕を磨けばよい物を……

すると、いつの間にか俺はくの玉会計室の襖前に立っていて、どこか安堵した様な感覚が胸の中へと染み出す。


中の気配を伺えば幾つかの人の存在がある様で、その中に用がある人物の気配が無い事に眉が寄る。
居ないのか?そんな不安を打ち消す様に突如として開いた襖に、俺は正直驚いた。

視線を下へと落とせば背丈の低いくの玉が俺を見上げている。
2秒位視線を交えればそのくの玉は「先輩、本当に居ましたよ」と楽しそうに振り返っては言う。

会計室内へと向けられたその先には書類へと筆を走らせるそいつが居た。
しかし、一向に俺へと視線が向けられる事は無く、ぶっきらぼうに『要件は』としか言わなかった。

「忍たまの作法委員会の予算が合わない」

と言えば、海棠院が走らせていた筆が一時的に止まるも、またスラスラと走らせる。そして、入れ。と促された俺は下級生のくの玉が指定して来た、海棠院のすぐ近くの場所へと向かっては腰を下ろした。

くの玉会計室内はそれ程広くはない。授業で使う机を2つ程組み合わせたそれを中心に置き、囲む形でくの玉委員達が作業を行っている。
これと言った私語は無く、パチンパチンと鳴る算盤の音とサラサラと紙の上を這う筆の音は忍たま会計室のものとは変わりは無かった。
強いて異なる点と言えば大きな本棚にぎっしりと積められた本と、床の上に綺麗に重なる資料の山。
山本シナ先生の指導の為か、部屋は綺麗であり置かれている荷物は整頓されて居る。
つくづく忍たまとは異なる所であった。


俺は懐に入れていた作法委員会の予算案と、過去の資料を取り出せば海棠院は近くに座っていたくの玉へと手を伸ばす。すると、同時進行で作業していたその下級生は近くから二冊の本を取り、「どうぞ」と流れるかの様に海棠院へと渡す様子に驚く。

海棠院は何も言って居ないし、視線は未だに手元にある書類から外れては居ない。だが、コイツが何を欲しているのか理解した上で、資料を渡した。

だが、海棠院は気に止める事もなく、書いていた書類の上へと二冊の資料を開いてはページを捲る。


『作法委員会だったな』

小さく呟いた海棠院はパラパラと捲っては文字へと視線を巡らせる。同時に俺も手元へと視線を落とした。


「作法委員長からの申し出では、滅多に使わない女装用の化粧品を購入する予算が合わないらしい。他学年でも作法委員会が管理する化粧を使用するが、この化粧だけは言わば作法委員会しか使わないものだ。
次の予算会議まで我慢するしかないとは言ったが、委員長である仙蔵がどうしてと言う事で俺が来た」

『その予算は絶対に合わないのか?』

「ああ、いくら帳簿を照らし合わせてもそれだけが合わない。他の委員会の予算はちゃんと合っているから、くの玉の作法委員会で手違いがあったのかも知れないと思ってな……」

『………』


すると、海棠院はいきなり俺が持っていた予算案を掴みだした。俺はオイ!と言葉が出かけたが、ギロリと睨み付けられてしまい思わず息が詰まった。

相変わらず眉間には皺を寄せ鋭い眼力だ。片目だけに眼帯をしているが、睨まれただけでも息が詰まる用な鋭い殺気を飛ばしてくる。
そう思えば、コイツは本当にくの玉らしくない女だ。

海棠院は近くに置いていた算盤を机に置いてはパチパチと玉を弾いた。そして直ぐにその手を止めては小さく舌打ちする音が俺の耳が拾った。


「どうだ?」

『ああ、やはり合わないな』

二冊の資料と照らせどその数字は違っているらしく、海棠院は面倒くさそうに頭を掻く。


『大方、此方の作法委員長が予算案の数字を間違えて提出したらしい』

「では、忍たまの作法委員会の方には……」


と言いかけた所で、海棠院は俺から取り上げた作法委員会の予算案へと、算盤を弾きながら何かを書き込んでいた。


『くの玉作法委員長と安藤先生には私から話をして置く』


と、書き足した予算案を俺へと渡してきた。俺はその数字を読み上げればギョッとし、海棠院へと視線を向けた。


「海棠院!この数字はっ!!」

『それで両作法委員会の予算がぴったり合う。くの玉作法委員長が数字を書き間違えたとしか思えん。文句があるのならば、本人に言え』

すると海棠院は机へと向かう後輩の委員達へと解散。と一言だけ述べれば彼女達は高いその声で返事しては、荷物を持ちそそくさと会計室を出て行ってしまった。

気が付いた時には室内に残される存在は、俺と書類を整頓する海棠院の2人しか居なかった。


『…………何だ?』


不機嫌そうにオレを睨むその小さな殺気に、予算案に向けられていた思考は一気に現実へと戻ってくる。


「海棠院、この予算案は流石に多いぞ!」『阿呆か貴様は?私が贔屓(ひいき)して居ると思うか?』

しかも、あの雌狐面の野郎に?と口の端を歪めて笑うその表情は、完璧に嫌悪以外の何でもない物を抱いている時のものだ。

むしろ、仙蔵と仲の悪い海棠院ならばさらにその予算を削ってはくの玉の作法委員会へと回す事は不可能では無いのにも関わらず、しっかりと私情と委員会の仕事を区別する辺りは他のくの玉とは違うと思える。

静かに立ち上がった海棠院釣られる様に俺も立ち上がれば、遠くでヘムヘムが鳴らした鐘が離れているこの長屋まで鳴り響く。
この時間帯に鳴らされた理由は丁度昼時を告げる為、そうなればその鐘の意味もある程度理解出来る。昼食の時間帯だと言う事。


「海棠院、昼飯はもう食べたか?」


と、聞いただけでまたもや眉間に皺を寄せては睨んでくる。
俺はどうせ食堂に行くのならば途中迄…と言いかけた所で、海棠院は食堂とは正反対の方向へと翻して行った。



「海棠院!」


ズンズンと奥へと進んで行く海棠院は静かにその歩みを止めれば、ゆっくりと此方首だけを振り向ける。だがその顔には眼帯が付けられて居り表情を伺う事は出来ない。

しばらくお互に言葉を発する事は無く、さわさわとこすれる葉の音だけが俺たち2人の周辺を埋め尽くした。

その中に紛れ込む様に、海棠院が鼻で笑った音が混じり合う。









『お前は連れションする女子か?』









音を立てる事無く、海棠院は奥の長屋へと消えていった。














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