玉響 | ナノ



パチパチと音を鳴らしながら10K算盤を弾く音は、静まった室内へと浸透して行く。場所は会計室。昨日と同様に算盤を弾く今日に、ふと自身は何時からコレを行っているのか?と疑問を持ち始めたらそれは、人間としての限界だと言う脳からの催眠術。
しかし、其れすらも自身の掛け声で打つ砕くのはこの男、六年生の潮江文字郎である。
どれだけ鍛錬明けの肉体であろうが、必ず己の委員会の仕事に手を抜くことは無い。
何処までも真面目な男である。
故に彼が率いる会計委員会が毎日徹夜であろうとも、今や其れが日常化しているのだから人間とは本当に面白いものだと思う。
そして、今日も二日目のっ徹夜が明け、三日目の朝日が昇り出した時間帯。

2連休と言う嬉しいはずの休みは、未処理の書類の山と言う刺客により会計委員会の委員達は、処分と言う行動で今も尚刺客達と格闘している。

が、やはり、まだまだ低学年である忍たま達には手では退治し切れなくなり、それに脳内の睡魔と言う追い討ちにより瞼が落ちてくる。

その様子に気が付いた先輩である彼、田村はいつものため息を着いては頭を揺らす三年生、左門の肩を揺らして見せた。

「左門、おい左門!」

「おきれまふ、おきれまふよ・・・」

と、涎を書類の上に垂らす姿はどう見ても寝ている。そんな彼の脇にはまだまだ未処理の山が連なったままである。そして、その隣に座っている一年生も机へとふさぎこむ頭が、白い山の先から出ている。あれで、自身のいる位置から隠れて寝ている積もりだろうか?
やはり、この作業はまだ慣れないものだろうと、彼は思った。しかし、それをそうとは思わないのが、ここの委員長である。
こんなだらけた姿は、彼の瞳に写り出せば成っていないと一括されては算盤を持ち、校庭を走り出すのだから誰か本当に止めて欲しい。

そして、自身の視界の端でワナワナと小刻みに震えるその存在に、彼は今日は何周走るのだろうか?なんて思いながら算盤を弾いた。

「田村」

「何ですか委員長?起きているのは私と委員長だけですよ」

「そうじゃない、この書類だ」

と、減りつつある紙の山の向こうから先輩の腕が伸びれば、一枚の紙が自身の目の前に現れる。怪訝に思いながらそれへと視線を落せば、見慣れない文字がそこに記されている。

「忍たま全委員会予算集計結果報告書?」

今まで様々な書類を見てきたが、こんな書類は今まで見たことは無い。紙の隅々まで見れば其処には忍たま会計委員長必読、下級生委員必読成らず。容認。とかいてある。
これはつまり、潮江先輩しか呼んではいけない及び先輩にしか処理できないものだと言う事。
なのに、其れを下級生である私に見せるだなんて・・

「先輩?」

「田村、提出期限は何時だ?」

「えっと・・・一昨日?」

「私の見間違えでは無いよな?」

「そうですね、」

「どう見ても一昨日だよな?」

「どう見ても一昨日ですね」


どうしたのだろうか?いつもの先輩らしくない。もし、提出期限のある大切な書類ならばどの書類よりもいち早く手を着けては、早々に片付けてしまうのだがコレに限っては先輩は、あーだのうーだの可笑しな声を上げ始める。
等々先輩の頭が睡眠不足により可笑しくなってしまったのだろうか?そうなれば、下級生を長屋に連れて行っては、ちゃんと休ませないと。

「田村」

「今度は何ですか?」

「この書類のことは他言無用だぞ」

「はぁ?!」

行き成り言い出したのだろうか?他言無用って!!

「処分するつもりですか?!」

どんな変な書類でもちゃんときっかり遣っているのが潮江先輩の良い所でもあった筈だ。しかし、今この先輩は、この報告書を見なかったことにしてはばれない様に処分するつもりである。
先輩、本気ですか?!なんて近寄れば、なにやら顔色は悪いし、汗が額に浮き出ている。具合が悪いのか?それとも、この書類はそれ程までに大切なものなのか?

「先輩、どうしたんですか?」

明らかに様子が可笑しすぎる。一方先輩は燃やすか?燃やせば良いのか?!なんて、まるで呪文の様に言葉を繰り返すばかりである。と、そんな時にトントンと襖を叩く音に先輩はびくりと肩を震わせ、すぐさま襖へと視線を向けた。

「失礼します。一年は組の猪名寺乱太郎です」

聞き覚えのあるそれは、アホのは組と言うに相応しい学年の下級生のもの。勿論それに気がついた潮江先輩は、ほっと一息をついては彼の入室を許可した。同時に、まだまだ押さない乱太郎が入ってくれば、まだ眠いのか目を擦る姿が瞳に写りだした。


「何だ?団蔵に用事か?」

「いえ、潮江先輩にです」

「私にか?」

と怪訝な顔付きになるも、乱太郎が今し方自身が来たであろう廊下へと振り返れば、あれ?と幼い声を上げた。

「どうした乱太郎?」

「さっきまで私の隣に先輩が居たんですが・・」

「先輩?名前は誰だ?」

『言わずとも分かって居るでしょうに?』


突如として発せられた第三者の声に田村は驚き、乱太郎は先輩!と声を上げた。
その存在は、潮江自身の後ろから発せられたものである。すると、その存在は未だに文次郎の手中に納まっていた紙をヒョイと取り出しては、目を細めた。

『六年い組潮江文次郎、貴公の仕事は何だ?』

放たれたその言葉一つ一つが酷く重々しく、否な殺気が滲み出ている。それはすぐ近くにいた田村でさえ、涙目になりそうなのだから、其れを自身のすぐ真後ろで言われている彼には酷く息狂いしいもに違いない。だが、其れでもその人物は静かに続ける。

『貴公はこの書類がどんなものか知っておろう?』

「あ、ああ」

『重要な書類程、提出期限は守らねばならない、しかもこれは寄りによって忍たま全学年の委員会予算結果。これがなくては、我等がくの玉で出した委員会予算結果報告書の二つを学園長に提示することが出来ない』

「そ・・それは、分かっている」

『しかし、それは本来一昨日に出さなければ成らない書類の一つだが、なぜかそれが此処にある』

私が言っている意味が理解できるか?い組の文次郎君?と肩を叩けば、無言でうなずくその姿は酷く痛々しい・・・しかし・・

『一昨日、貴公は何をしていた?此処で集計結果を纏めていた?違うな?』

といった途端に、座っていた筈の彼は気がつけば其処に姿は居らず、一回だけ瞬きをすれば文次郎の断末魔と共にガシャン!!!と何かが破壊される音がその空間に生まれた。

襖前にいた乱太郎は未だにそこで呆然としている。何が起きたかは分からない。強いて言うなれば自身の頭上を目に止まらぬ「何か」が過ぎ去った位である。

しかし、その人物は周りなど気にする事なく室内から廊下へと歩を進め、黙々と土煙を上げる光景を腕を組ながら見下ろした。


『まだ、重要な書類に手を付けていた或いは学園長のお使いで暇が無かったならまだ私も黙認し、変わりに手も貸していた。が?田村、一昨年は何をしていたぁ?』

嫌にドスのある言葉が彼へと問われれば、内心涙目でその存在へと答えた。

「グランド50週ランニングしてましたぁぁ!!」

『聞いたか六年い組の潮江文次郎君?まさかのグランド50週をランニングだ?後輩の委員を走らせるならばまだしも、貴公は何をしていた?答えろ田村ぁ!』

「会計委員会みんなで走ってましたぁぁ!」

『遣るべき仕事を放っておき、貴公は何をしてんだ!この糞次郎がぁぁ!!』

貶す言葉を放ちながらその存在は、どこからともなく大筒を取り出してはドガァン!!と周りの空気を振動させる位の音を放ち、更に彼が居るであろうその場所が大爆発が生まれた。

納まりかけていた土煙は新たな黒い煙を生み出す。

すると、その存在は肩に担いでいた大筒を軽やかに下げては、ハッ!と鼻で笑った。

『糞次郎の為にわざわざ私の貴重な火薬を使ってやったのだ。有り難く思いな』

その後ろ姿はなんとも格好が良いもので有るが、今、その人物が行った事を思えば身震いが止まらないものであった。

『田村』

「はいぃ!」

名を呼ばれた彼は、此方へと振り返る桃色の装束を着る彼女へと背筋をのばし返事した。

『これは私が責任持って学園長に提出する』「はい!」

手に持っていた書類を懐に入れては、彼女は続ける。

『お前は下級生を長屋に送り休ませなさい』

と言った。そして、案内ご苦労。と未だに座る乱太郎の頭をくしゃくしゃに撫でてはまるで何も無かったかの様に歩き去って行った。
勿論、これだけ騒ぎ立てれば寝ていた筈でも目が醒めてしまうのは当たり前な事、一体どこから起きていたのか分からないものの、寝ていた下級生のうちの一年生は目を醒まし2人で固まってはぷるぷると肩を振るわせた。
しかし、三年生である左門は唖然としていたものの、立ち去った桃色の装束姿にあ!と立ち上がっては部屋から出て行った。


「海棠院先輩!おはようございます!!」

勿論の事、走り去って行った左門の反対側を海棠院と呼ばれた彼女が歩いていったのは誰の目からみてもわかる訳で、やっと収まった黒い煙の奥から見える真っ黒な先輩の姿を瞳に写し出してはため息ついた。


「神崎!そっちじゃなぁぁぁぁい!」



朝日が登り、雀達が空を泳いだ。









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